ITmediaビジネスオンラインは2025年8月に公開し、反響が大きかった記事を編集部が厳選して再掲載する。初出は2025年8月12日で、文中の記述は掲載当時のままである。
学習eポータルの問題点とは
文部科学省は、教科書会社のCBTシステム「MEXCBT」へのアクセス運用として、全国学力・学習調査の一部CBT化を機に普及が進んでいる。しかし、公的・民間サービスの線引きのあいまいさから、不健全なビジネスモデルを生み出し、EdTech事業者間の公平な競争環境を損害しているのではないかと問題視されている。
プログラミング教材を提供するライフィズテック(東京都港区)の最高AI教育責任者(CEAIO)は、2024年9月に文部科学省の「教育データの利活用に関する有識者会議(第25回)」の構成員として学習eポータルのデータ利活用に関する課題を指摘した。EdTech事業者から見た現在の学習eポータルと教育データ利活用に向け本質的に議論すべき課題について聞いた。
「歪んだ構造」の解決策は
一番の問題は、自治体や学校が広く自由に教材・EdTechを選べなくなる状況になりつつあることだ。これまではGIGAスクール構想の目的にもあるように「多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」ために、多様な教材やEdTechを自治体・学校は広く自由に選択できてきた。
いわゆる「学習eポータル」は、2021年に文部科学省がCBTシステム(編集注1)の接続運用として導入を実施上課したことで自治体に普及したが、その影響がCBT接続機能の枠を超えて教育産業界に波及しており、学習eポータルに技術面・ビジネス面で適合しない教材・EdTechが自治体採用から除外されていくという予期せぬ方向に進んでいる。
その背景に、当時の文部科学省が学習eポータルの役割と定義、その際の公的機関と民間との責任分担点を整理しないまま民間主導で自治体への普及活動が進んでしまったことがあると考えている(編集注2)。
データ利活用を進めるための基盤
学習eポータルを提供する事業者が複数ある中で、各事業者間で接続の仕様に差異があり、教材・EdTech事業者は各仕様に対応するための時間や費用を多重に要している。さらに、データ連携の仕組みが民間企業で一般的に利用されているデータ可視化(BI)ツールと比べると複雑で、対応するための開発が必要だったり、デジタル教材を自治体に導入する際にはその都度、学習eポータル事業者とのやり取りが発生したりするなど、全体的に接続や調整の手間がかかりすぎる構造になっている。
また、データの接続をしても必要な情報が十分得られない、個別ユーザーの識別ができなくなりカスタマーサポートに悪影響が出ているなど、実運用上の課題はまだ多くある。ただ、これらの課題を抽出し、きちんと向き合っていければ、技術面での標準化は日々前進していけるのではないかと考えている。
適切な教育データ利活用は、教育の質向上に貢献すると考えている。実際に、同社のプログラミング教材「ライフィズテックレッスン」を用いた事例でも、生徒の学習進捗を先生が把握することで声掛けの仕方が変わったり、授業の説明内容を変えたりといったことはしばしばある。また、端末持ち帰り学習で自発的に学習を進めた生徒を教員が見つけ、将来の進路としてIT業界や関連学部を勧める助言につながったという話もあった。これは、データから子どもの得意分野や興味が見えたことで、教師が子どもの潜在能力を認識した好事例と言えるだろう。また、教育委員会が各学校の授業進捗をデータで確認できるようになったことで、各学校に対しての支援を最適化できたという話もある。
しかし、現在の教育データ利活用の議論では、「ダッシュボード」の話ばかりが先行していることを危惧している。目的を明確にした上で、目的達成に必要な指標を決め、指標に関わるデータに絞って整理し、視覚的に理解しやすいようにしたダッシュボード構築には意義があると思っている。目的も中間指標もあいまいなまま、漫然と複数のアプリなどから抽出したデータを総花的に可視化するだけでは単なる数字の羅列に終わってしまう。データ利活用はあくまで目的ありきである。目的に対して必要なデータを持ってきて、指標や基準を決めて日々データを見ながらPDCAを回していくことが重要である。ただデータを並べるだけでは、時間ばかりかかり、有意義なデータ利活用にはならないと思う。
これを避けるためには、例えば「心の健康観察」に関するデータや英語・プログラミングの学習データなど、学校現場の先生方にとって馴染みがあり、特定の領域に特化した小規模なデータから活用を始めることが有効だと考えている。目的が明確で、何より個々のデータが持つ意味を先生方が理解しやすいからである。こうした生きたデータの利活用で成功体験を積み重ねることで、教育委員会・学校関係者の間でデータ利活用の有効性がより浸透していくことを期待している。
学習eポータルのビジネスモデルと今後の展望
接続の簡易化・低コスト化に尽きる。データ利活用を推進したいのに、学習eポータルがそのネックになっていたら本末転倒である。
民間企業がBIツールを利用していて個別のアプリケーションベンダーとのデータ接続を望む度に、BIツールベンダーとも調整が必要になることはありません。また、データ提供元のアプリケーションと接続するごとに接続手数料がかかることもありません。説明書に基づいてユーザー各社でBIツールに接続するのと同様に、教育分野でも、ユーザーである自治体が各アプリケーションからAPI連携やCSVでのデータ出力を行い、学習eポータルと簡単に連携できるようにする仕組みが理想的です。接続にあたっての不必要な手間やコストを削減し、データ利活用が普及しやすくなるエコシステムを作ることは重要な課題です。
どうしたらこれまで通り「自治体・学校は、多様な教材やEdTechを広く自由に選択することができる」のでしょうか。学習eポータルが特定の教材やEdTechを排除する、あるいは逆に優遇する必要がないビジネスモデルであれば良いと考えます。
まず、学習eポータル機能のうち、全国学力・学習状況調査の入稿を担う公的なシステムであるMEXCBTに接続する機能は、国として予算面で責任を持つべきではないかと考えます。あわせて、学習eポータルが提供するその他の機能については、基本は受益者負担と考えつつ、教育産業界との分担点については、国の責任で整理すべきと考えます。
そのうえで受益者である自治体が学習eポータルに利用料を支払うというのが一番自然な形だと思いますが、自治体が学習eポータルの費用負担に意義を感じるような機能開発と同時に、国が自治体に対して補正的な支援をすることも現時点では必要だと思います。逆に、接続にあたって教材・EdTech事業者に対して課金するモデルは、優越的地位を濫用しない限りは成立し得ないでしょう。便益を得られないものにお金を払う企業はありません。
いずれにせよ学習eポータルのビジネスモデルの問題は、教育データ利活用を推進していく上での最重要課題です。今回の有識者会議のまとめにおいても「適正な取引を定めていくことが必要だ」と明記されたことは、これまで取引に関する問題に言及がなかった状況からの大きな前進でした。文部科学省が主導し、健全なエコシステムとなるよう取り決めをしていくことが必要です。
一番大事なことは目的に立ち返ることです。冒頭でも触れましたが、文部科学省はGIGAスクール構想により「多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」ことを目指してきました。手段の一つに過ぎない学習eポータルによって、理想とする教育環境から遠ざかってしまうことは絶対に避けなければいけません。
現状では、文部科学省がプロジェクトマネージャーとして、より慎重なプロセスでデータ標準化の検討を主導することが望まれます。民間で使われているBIツールの規格を再度参考にしながら、これまでのヒアリングでは十分に取り上げられていない関係者を含め、再度意見を収集し、現場で生じているさまざまな問題を抽出・整理してほしいと思います。それらを集約した上で最終的な標準規格を決定し、実証などを通じて改善もしていくような、より丁寧なプロセスが求められています。
GIGAスクール構想が文部科学省の強力なリーダーシップのもとで全国共通に推進され成功を収めつつあるように、データ利活用における環境整備も同様に、全国共通で国が推進してほしいと思います。学校や地域を超えても児童・生徒が自分の学習データを活用できるようにするためにも、民間企業や自治体の自助努力の領域と国が主導する領域を時々の市場課題を見ながら整理し、持続可能で公正な運用ルール作りを主導していくべきです。
最後に、国ではありませんが、自治体の判断も重要です。学習eポータルとの接続を優先するあまり、学校で使える教材・EdTechが限定されたり、学習内容や利便性よりも特定の学習eポータルとの接続性の方が優先されたりすることは、子どもたちの学習可能性の幅を考えれば避けるべきです。多様な学び・個別最適な学びの実現とデータ利活用を両立できるようなデータ連携の方法、そして教材・EdTechの調達を考えてほしいと思います。



