現在の富山地方鉄道富山港線が、国内で初めてLRT(次世代型路面電車)化されて、今年で20年を迎えた。車両や駅、停留場を統一的にデザインする「トータルデザイン」の考え方に基づくスタイリッシュで静かな路面電車は、街の風景に溶け込み、市民に愛される存在となった。
「富山らしさ」と乗り降りのしやすさを追求
20年走り続けている海外製の超低床路面電車「ポートラム」。その外装は、島津環境グラフィックス(富山市)のデザイナー・島津勝弘さん(67)が手がけた。島津さんは富山市出身で、県立富山工業高校インテリア科を卒業後、県内の内装工事会社に勤めながら独学でデザインを研究。28歳で独立し、全国の病院のデザインなど県外の仕事を中心に手がけていた。
富山市から車両や駅の一体的なデザインの発注を受けたGK設計(東京)が、仕事上のつきあいのあった島津さんに声をかけた。島津さんが1年以上かけて作り上げたデザインで重視したのは、「富山らしさ」の表現と、乗り降りのしやすさだ。最初に約100通りのデザイン案を制作。その中から選んだのは、白を基調にし、扉部分に「アクセントカラー」として、7本(現在は8本)の電車ごとに赤、青、黄色といった異なる7色をつけるというものだった。このアクセントカラーは、乗客に対して乗降口を伝える意味があり、当時は珍しかった。
立山連峰の雪をイメージしたパール塗装
立山連峰の雪をイメージした白にもこだわり、従来の鉄道車両にはあまり使われていなかった光沢のある「パール塗装」を採用。きらきらと輝く新雪を表現した。駅や停留場には、「岩瀬曳山車祭」「北前船」など地域の特色を紹介するパネルを設置し、協賛金を企業に募った。一般的な広告と違い、企業名はパネルに小さく掲載されたが、企業にとっては街づくりへの積極姿勢のアピールになった。一連のデザインは、ポートラムの運行が始まった2006年のグッドデザイン賞金賞を受賞した。
島津さんの活躍は、デザインの枠を超えている。母校の富山工業高校や、当時非常勤講師を務めていた県立富山北部高校の生徒らと、新しい電車をPRする方策を練った。富山工業高の生徒には、人がまたがって乗れるミニ電車を作ってもらい、地域の親子などにイベントで披露。富山北部高の生徒には、クリスマスやバレンタインデーに合わせて車両を飾る「ラッピング」を考案してもらった。こうした取り組みはメディアで紹介され、市民に身近に感じてもらえるきっかけになった。「電車は乗ってもらってなんぼ。イベントを通じて、サポーターになってほしかった」と振り返る。
他の地方都市にも影響を与えた富山の成功
20年には、富山駅で富山地方鉄道市内電車と南北でつながり、ポートラムは総曲輪など市中心部も走るようになった。21年には富山港線に二つの新停留場も設置された。進化しつづけるポートラムに、「富山への思いを胸に頑張ってきた。やってきてよかった、という一言に尽きる」と胸を張った。
富山駅より北を走る旧JR富山港線は、平日1日の利用者が2266人(2005年度)となるなど、利用者減少で存続が危ぶまれていた。富山市は、居住地や文化施設などを市街地に集めるコンパクトな街づくりの軸に据えようと、富山港線の受け皿として第3セクター「富山ライトレール」を設立し、06年にLRTの運行を始めた。20年には、富山地方鉄道に吸収合併され、富山駅の南側を走る市内電車と接続して利便性が向上した。21年には、龍谷富山高校前(永楽町)停留場など2停留場が新設された。
関西大学の宇都宮浄人教授(交通経済学)は「(駅や車両を統一的にデザインする)トータルデザインで、街のシンボルとなるように作り上げられてきた」と評価する。「街づくりとして、都市政策と交通政策が一体となって行われ、他の地方都市にも影響を与えた」と分析。富山の成功は、23年に栃木県で開通したLRT「ライトライン」にも影響したとしている。