静岡大学と読売新聞が主催する連続市民講座「地図でひらく静岡と伊豆半島」(全5回)の最終回が8月22日、静岡市駿河区の県男女共同参画センターあざれあで開かれた。静岡大学の小山真人名誉教授(火山学)が「数値地図で見る静岡県の大地の成り立ちと災害予測」と題して講演した。
点群データで災害の実像を解明
2019年度から静岡県では点群データの取得が進められており、県全域のデータが「VIRTUAL SHIZUOKA(バーチャルしずおか)」から取得できる。小山名誉教授は主に災害と地形の分析に使用しているという。
昨年9月に静岡を襲った台風15号では、静岡空港の駐車場の一部が冠水した。空港は牧之原台地上に位置するため冠水しないと思われたが、点群データで分析すると駐車場の一部が周囲より低いことが判明した。排水能力の限界や排水口の詰まりが原因の可能性があると分析を通して見えた。
2024年7月に静岡市と焼津市の間にある大崩海岸で発生した大きな地滑りでも、点群データの分析が役立った。地滑りで地形が変化しトンネルの一部が変形したが、データを利用して標高の色分けをすることで、標高が増えている部分や減っている部分が可視化され、実際にどのくらいの量が滑ったのかをすぐに把握できた。
富士山の地層形成と噴火の痕跡
静岡県の地質は大きく三つに区分できる。南アルプスがある古い地層「日本列島の土台」、富士山や伊豆半島を含む県東部の火山性堆積物「火山の国」、遠州灘などに面する県中西部の砂と泥と礫層の台地「隆起した海底」である。
富士宮市の山宮浅間神社は富士山を御神体とし、本殿はなく遥拝所がある。富士山の南西斜面にはかつて青沢溶岩流が流れ、点群データで溶岩が冷却してできた堤防状の地形の末端に神社の遥拝所が位置することがわかる。
富士山は歴史記録に残る限りでも10回は噴火している。貞観噴火(864年)では北西の山腹から大量の溶岩が流れ、北に広がっていた「せの海」という湖が現在の精進湖と西湖に分かれた。ドローンで確認すると、本栖湖にも流れ込んで枝分かれした溶岩流が見える。この溶岩流は青木ヶ原溶岩流と呼ばれる。
宝永噴火(1707年)では火山灰が主に南関東方面に降り積もり、江戸で2、3センチ、富士山の東麓では2、3メートル以上積もった。この噴火で富士山の南東山腹に宝永山ができた。宝永山の赤岩は古い地層が突き出ているとされていたが、ドローンで3Dモデルを作成し調べた結果、同じ地層面が赤岩の中にも連続していることが判明。噴火直後に泥を含んだ熱水が赤岩の部分を変質させ、薄茶色に染めて見かけ上古く見せていたことがわかった。
洪水リスクの可視化と歴史の検証
伊豆東部火山群の大室山は約4000年前に誕生した底面の直径1キロのプリン形の火山で、溶岩流が海側に土地を広げ城ヶ崎海岸を作った。点群データで水深6メートルまで溶岩が伸びる様子が確認できた。
2022年の台風15号では清水港に注ぐ巴川で越水が発生し、静岡市内で氾濫した。データを活用して相対標高の分布図を描くと、巴川支流の草薙川と吉田川の扇状地の構造が見えてきた。静岡鉄道草薙駅付近まで水があふれたのは、駅付近が草薙川の川底より標高が低いためと確認できた。
2023年の台風2号では磐田市の敷地川の堤防が決壊した。相対標高で分析すると、あふれた水が地形的に低い江戸時代の旧河道を流れたことがわかった。伊豆市の修善寺川や狩野川周辺も相対標高図を描くと浸水リスクを可視化でき、ハザードマップの浸水予想場所とほぼ一致する。自治体などは点群データを駆使して防災対策に生かせる。
天竜川は三方原台地と磐田原台地に挟まれた谷間を流れ、中世から近世初めまで小天竜川に分岐していた。江戸時代初期に築かれた堤防「彦助堤」が現在も地形として残り、近くには奈良時代の「天宝堤」の地形の一部も残る。点群データで分析すると、小天竜川の旧河道部分が低く周囲から水が集まるため浜名高校のグラウンドが遊水池として機能していることや、彦助堤が周囲より高いことが明確になった。現在の地図と重ねると、遠州鉄道と旧二俣街道が天宝堤の地形を利用していることもわかった。
浜松市の天竜川ハザードマップには本流と離れた地域が深く浸水することが記されており、天竜川の河床を基準にした相対標高図に記し直すと浸水リスクの高さが納得できる。奈良時代には彦助堤と天宝堤の二つの堤で当時の水田地帯を守っていたという推測も導け、点群データは歴史の検証にも活用できる。



