個人の不満を解決するために開発されたオープンソースツールが、GitHub史上最速で成長したプロジェクトの一つとなった。開発者のピーター・スタインバーガー氏は、Snowflakeが開催したカンファレンス「Snowflake Summit 26」の開発者向けイベントDev Dayで、同社のCEOスリダー・ラマスワミ氏と対談し、急成長の背景やコーディングエージェント時代に必要な向き合い方を語った。
たった1時間で開発されたAIコーディングツール
OpenClawは、それ自体が新しいAIモデルというわけではない。OpenAIのコーディングエージェント「Codex」やAnthropicの「Claude Code」といった既存のコーディングエージェントの「上に被せる革(グループ)の枠」(スタインバーガー氏)に相当するオープンソースのハーネス(実行環境)だ。
OpenClawがGitHub史上最速で伸びたのはなぜか。OpenClawは、ターミナルを開いてコマンドを打ち込む代わりに、普段使っている「WhatsApp」といったチャットツールから、まるで人にメッセージを送るような感覚でエージェントに指示を出せる。
「Todoリストの管理を手伝って」と一言送ると、裏側でコードが書かれる。実行されていることをユーザーが意識しないまま、望んだ結果が返ってくる。AIコーディングエージェントという強力な「エンジン」を、専門知識がなくても運転できるようにする「操作パネル」のような存在だ。
個人の不満から生まれたプロジェクト
OpenClawの原点は、2025年11月のある夜、スタインバーガー氏が自宅の2階で感じた小さな「違和感」だったという。
「簡単なプロンプトをPCに送りたいだけなのに、なぜそれができないんだ、と思った」とスタインバーガー氏は振り返る。同氏は食べ物を手に階下に降り、1時間で最初のバージョンを作った。当初の名前は「WA-Relay」、WhatsApp経由でメッセージをやり取りする簡易的な中継ツールだった。
スタインバーガー氏の開発哲学は「何かに違和感を感じたら、それを放置せず、すぐ手を動かして解決する」だ。「その行動の積み重ねが後の革(種)になる」という。画像対応などの機能を少しずつ追加しながら使い続けるうち、WA-Relayは急速に姿を変えていった。
当時は「Clawdbot」と名付けられていたが、2026年1月にAnthropicの法務部長から名称の変更を求められ、「Moltbot」に改名した。しかし、この名前が定着しなかったため、わずか数日後に「OpenClaw」へと再び改名した。その6カ月後には、最速成長のオープンソースプロジェクトの一つに数えられるようになっていた。
非エンジニアが送る「雑な」プルリクエスト
OpenClawの成長を語る上で象徴的なのが、コントリビューターの構成だ。スタインバーガー氏によれば、バージョン3.4だけを見てもユニークコントリビューター数は約2000人に上るという。その中には、コーディングの経験を全く持たない人も多い。
その背景には、スタインバーガー氏があえてエージェント自身に「自己認識」を持たせた設計がある。同氏はエージェントに、自分が動いているハーネスの仕組み、パラメーター、ドキュメントや設定ファイルの場所まで説明する。ユーザーがまだ実装されていない機能をエージェントに頼むと、エージェントが自分自身のコードを書き換え、「プルリクエストを送りましょうか」とユーザーに提案する。
こうして生まれるプルリクエストの多くは、お世辞にも「洗練されている」とは言い難いものだ。多くのオープンソースメンテナーは、こうした低品質な貢献の急増を「slop(生成AI特有の質の低い成果物)に塗れている」と嘆く。だが、スタインバーガー氏の受け止め方は違う。「プルリクエストはissueと同じようなものだと捉えている。つまり、誰かが『何か違うものが欲しい』というシグナルを送っていると解釈している」
良いアイデアだと思えば、送り主をクレジットする。「その積み重ねが、ソフトウェア開発に情熱を持つ新しい革を生み出す原動力になっている」とスタインバーガー氏は語る。
「もう一度レビューして」を10回繰り返した末に生まれたスキル
コーディングエージェントを使ったことがある人なら、身に覚えがあるかもしれない。「直したはずなのに、また新しい問題が見つかる」――。スタインバーガー氏も同じことを経験した。その違和感から生まれたのが、コードレビューを自動化する一種の「自動レビュー」スキルだ。
きっかけは、CodexなどのCLI(Command Line Interface:コマンドを入力してPCやシステムを操作するテキストベースの画面)で「/review」コマンドを実行し、指摘された問題を直しては再びレビューを走らせるという作業をスタインバーガー氏自身が繰り返していたことだった。「一度直しても、『/review』をかけるとまた新しい問題が見つかる。コーディングエージェントは予測不能だからだ」。ある時、この作業を10回連続で繰り返したところで、同氏はあることに気付いた。
「最初はフックを組んで複雑な仕組みを作らなければいけないと思っていた。でも実際は違った。エージェントに、新しいセッションでコードレビューをさせ、新しい指摘が出なくなるまでそれを繰り返させればいいだけだった」。ただし、すべてをありのままに受け入れるべきではない、ともスタインバーガー氏は付け加える。時には、変わってはならない仕様を人間の側であらかじめ定義しておく必要があるという。
こうして生まれたこのスキルは、5〜10時間動き続けることもある。手間はかかるが、「今出荷しているコードに対する信頼は、段階に深まった」とスタインバーガー氏は話す。
エージェントの価値は「非プログラマー」にどれだけ役立つかで決まる
ラマスワミ氏は自動レビューの先に、OpenClawがもたらしたさらに大きな変化に切り込む。「『開発者の生産性向上』という枠でコーディングエージェントを語るのは簡単だ。しかしそれは、その裏にあるもっと大きな変化を覆い隠してしまうのではないか」
これに対し、スタインバーガー氏は次のように答えた。「コーディングエージェントの最大のインパクトは、プログラマーではない人々にとってどれほど役立つかという点にある」
コーディングエージェントはもともと、コードを書くためのツールとして生まれた。しかし、「コードを書くこと自体が、突き詰めれば問題解決だ」とスタインバーガー氏は言う。つまりコードを書く能力を磨けば磨くほど、その裏側にある「問題解決能力」そのものも同時に磨かれる。そしてこの問題解決能力は、コーディングに限らず、あらゆるタスクに応用できる。その結果、「今ではほぼどんなタスクでも、知性を適用すればより良くこなせるようになっている」と同氏は語る。
これこそが、OpenClawが多くの人を引き付けた理由でもある、とスタインバーガー氏は分析する。「開発者だけでなく、誰もがエージェントを使うべきだ」とスタインバーガー氏は話す。ターミナルに文字を打ち込む代わりに、WhatsAppで友人と会話するような感覚でエージェントとやり取りできる――。これがOpenClawがもたらす体験だ。「『これが欲しい』と伝えるだけで、何かを作ってくれる。それがコードを書いているとすら気付かない。ただ、向こう側の誰かが自分の問題を解決してくれているように感じるだけだ」
だが、ここで新たな問いが生まれる。コーディングを一度も学んだことのない人が、エージェントに複雑なソフトウェアを作らせたとして、その結果が正しいかどうかを、どのように判断すればいいのか。誰が何をすべきかの境界線はどこにあるのか。
ラマスワミ氏のこうした問いに対し、スタインバーガー氏が持ち出したのが、エージェント自身に検証まで担わせる仕組みだった。OpenClawでは、エージェントが生成したソフトウェアを「Linux」「Windows」「macOS」それぞれのクリーンな環境にインストールし、実際に動かして検証する仕組みを整えているという。Slack連携のような機能であれば、コンピュータビジョンを備えたエージェントに実際の画面を確認させ、送信したメッセージが本当にUIに表示されているかまで検証させる。
「時間はかかるが、エージェントが自分の作ったものが本当に正しいことを検証できる可能性は高くなる」とスタインバーガー氏は述べる。
エージェントを人間扱いすべきではない
スタインバーガー氏はエージェントを「my clankers(俺のクランカーズ)」と表現する。エージェントに人間のような名前をつけるベンダーもあるが、同氏は次のように語る。
「エージェントを人間扱いすること自体が間違っていると思う。結局のところ、エージェントは非情に興味広く悪い行例計算にすごくない。ある領域では極めて知的である一方、別の領域ではとても間抜けだ。私たちはこれを『スパイキー・インテリジェンス(尖った知性)』と呼んでいる」
clankerとは、ジョージ・ルーカス監督の映画『スター・ウォーズ』シリーズでクローン技術によって生まれた兵士クローン・トルーパーが、戦闘用ロボットであるバトル・ドロイドに対して使う蔑称だ。近年はロボットやAI全般をやゆするスラング(俗語)としても使われている。この呼び方には「どれだけ優れた道具でも、人間ではない」という、AIと人間との間に一線を引くスタインバーガー氏の姿勢が込められている。
同氏の「尖った知性」という考え方を受け、ラマスワミ氏は、エージェント活用を最大化するには1つのエージェントに任せるべきではないとの見方を示した。コードを書く、セキュリティ面をチェックする、正確性を見る、長期運用の視点でチェックする、といった異なる視点のエージェントを組み合わせる必要があるという。
スタインバーガー氏自身も、日々の開発の中で独自の「感」を働かせているという。「自分のシステムがどう動いているか、システム全体のレベルで理解している。すべてのコードを読んでいるわけではないが、感覚的に『これは正しい』と分かる」
プロンプトへの応答に時間がかかりすぎたときも、スタインバーガー氏の中で「警報」が鳴る。「何かがおかしい、と感じる。プロンプトを間違えたか、アーキテクチャが良くないか、どちらかだ」。本来3つのファイルで済むはずの機能なのに、気付けば10個ものファイルが編集されている――。そんなときは、深く掘り下げるサインだという。
掘り下げるとき、スタインバーガー氏はエージェントに「これのどこがそんなに難しかったのか」と聞く。すると大概、「ここのアーキテクチャが良くない」と答えが返ってくる。「後は、それを直すだけだ」と述べた。
個人の趣味プロジェクトから企業で利用するツールへ
個人の趣味プロジェクトから始まったOpenClawは、こうして広がった。スタインバーガー氏は、2026年2月からOpenAIに所属している。
スタインバーガー氏は、ここ数カ月にフォーカスした点として、OpenClawのセキュリティ強化を挙げた。「もともとは個人の小さな趣味プロジェクトとして始まったものだから」と説明する。その延長として、Microsoftが自社の顧客向け製品の基盤にOpenClawを採用したことにも触れた(編注1)。
(編注1)Microsoftは2026年6月2日、OpenClawを基盤とする常時稼働型のAIエージェント「Microsoft Scout」を発表した。
個人の違和感から生まれたツールは、今や企業が顧客に届けるプロダクトの一部になりつつある。
エージェントの現在地はどこなのか。大型コンピュータからパーソナルコンピュータ、インターネット、モバイルにいたる、ITにおける刷新の流れになぞらえ、ラマスワミ氏はAIコーディングエージェントの立ち位置を尋ねた。これに対し、スタインバーガー氏は「モバイルより上、インターネットに匹敵する規模のインパクトがあると思う」と答えた。「エージェントはまだ始まったばかりだ。非情に早い段階にある」
根拠として同氏が挙げたのが、Codexの週間アクティブユーザー数が現在500万人規模に留まっているという点だ。スタインバーガー氏は「世界の開発者数を考えると、まだエージェントのユーザー数はごくわずかな割合だ」と述べる。今後の制約はモデルの性能よりも、「想像力」になるとの予想を示した。
この先はどこに向かうのか。企業導入について、スタインバーガー氏は「すべてのチームがエージェントを持つべきだ」との考えを示す。Slackチャンネルでも「Teams」チャンネルでも、そのプロジェクトの文脈を理解しているエージェントが存在すべきだ、さらにチームだけでなく1人1人のメンバーにも自分専用の文脈を把握したエージェントが必要になる、という発想だ。「自分のことをよく理解した専用のエージェントを持つ。こうした使い方は、個人レベルでは直しくない。企業はこれからだ」
非技術者への広がりについても、「『Mac mini』のような『専用機』を買ってきて自宅にセットアップするという今のやり方自体が、非技術者にとっての最終形だとは考えていない」とスタインバーガー氏は話す(編注2)。
「エージェントはクラウドで動くようになるはずだ。われわれがCodexのセッションをローカルで動かしていること自体も、最終形だとは思っていない」
(編注2)Mac miniは必ずしもエージェント稼働の専用機ではない。ただし、静音・省電力で大容量メモリを搭載可能という特徴から、常時稼働するエージェントのために購入し、設置するユーザーが一定数存在する。



