AIモデルの性能差が縮まり、競争の焦点は「どのモデルを使うか」から「モデルを業務にどう接続するか」へ移った。各社が競っているのは、開発者がAIを扱いやすくするための道具立て、いわゆる「制御盤」である。
だが、これも早晩、横並びになるとの見方がある。モデルを使いやすくするだけでは、AIを実際の業務で動かすのは難しい。企業のデータや業務手順につながぎ、誰が何をしてよいかという権限まで管理する必要があるからだ。その役割を担うのが「コントロールプレーン」と呼ばれるもう一段上の層である。この層の主導権を勝ち取った企業が、法人向けAI市場の勝者になるという見方が業界で広がり、この領域への参入が相次いでいる。
20年前から「業務の地図」を築くPalantir
ところが、である。この層を20年も前から顧客企業に提供してきた会社がある。データ分析ソフトの雄Palantir Technologies(Palantir)だ。もちろん、20年前にAIを搭載していたわけではない。当時この層が管理していたのは、人間の作業者だった。
同社はそれを「業務の地図」とでも呼べるものに描き上げ、その上で組織を動かしてきた。いま同じ地図の上を、AIエージェントが動き始めている。Palantirは、土台を作り直す必要がなかった。競争の場が、同社がすでに立っている場所に移ってきたのである。
売上高93%増、Palantirの好調な決算
8月3日に発表されたPalantirの第2四半期決算は、ソフトウェア企業の常識を外れていた。売上高は前年同期比93%増の19億3500万ドル、GAAP営業利益は9億1200万ドルで営業利益率47%、調整後営業利益は11億9400万ドルで62%。成長率と利益率を足した「Rule of 40」は155%に達した。米国商用部門の売上高は前年同期比149%増である。
共同創業者でCEOのアレックス・カープ(Alexander Karp)氏が決算発表で語ったことは、3つに整理できる。
第1に、AI主導への移行が解き放たれた、と述べた。AIを動かす場所も、データを置く場所も、自分の手元で決めるべきだという判断が、企業経営者の間に一気に広がったという意味である。第2に、トークンを実際の経済価値に転換できると実証した企業はPalantirだけだ、と述べた。AIモデル各社がトークンをどれだけ消費させたかを競うのに対し、Palantirはそれが実際の業務でいくらの価値を生んだかで語られる、という主張になる。
第3に、顧客は自らの業務とデータと意思決定に対する最大限の搭載を得るために、われわれを信頼している、と述べた。コントロールプレーンの受け皿として選ばれている、と言っていることになる。
オントロジー、Palantirの中核機能
そのコントロールプレーンの中心にあるのが、Palantirが「オントロジー」と呼ぶ仕組みである。企業の業務が実際にどう動いているかを写し取ったもので、対象物とその属性だけでなく、実行できる行動、権限、関係性のすべてが含まれる。
表計算では、注文番号も顧客名も工場名も、意味を持たない文字列として別々の列に並んでいるにすぎない。どの列が何を指し、それらが互いにどうつながっているのかを、あらかじめ書き出しておく。すると、この工場が止まればどの注文が遅れ、どの顧客に影響が出るかまでが、一枚につながる。
書き出すのは関係だけではない。それぞれに対して何ができるか、そしてそれを誰がやってよいかも、同じ場所に書き込む。AIエージェントが発注をかけ、支援を止める時代になると、企業が問われるのはモデルの良さではない。どのデータに基づいたのか、誰がその権限を与えたのか、取り消せるのか。この3つが別々の場所に散っていれば、突き合わせは人間の作業として残る。同じ場所にあれば、誰が何をしたかは自動的に残り、後から検証できる。
この仕組みは、人間の作業者を管理するために作られた。誰が何を見てよく、何を実行してよいかを決めておく必要があったからだ。その条件が、AIエージェントに求められるものとそのまま重なったのである。
データ基盤から攻める勢力争い
2026年に入り、コントロールプレーンを巡る動きが一斉に始まった。攻め方は3つに分かれる。どこから手を伸ばすかの違いである。
第1が、データの集まる場所から攻める構えだ。データ基盤を扱う米Snowflakeは1月8日、システム監視の米Observeを約10億ドルで買収すると発表した。同社史上最大の買収であり、クラウドのデータウェアハウスから本番AIのコントロールプレーンへの転換を明確にしたものだった。6月の自社年次イベントでは「エージェント型企業」という構想を掲げ「CoWork」と「CoCo」を核とするエージェント型コントロールプレーンを打ち出した。
すべてのエージェントに暗号技術による身元を与え、エージェントごとに権限を設定し、完全な監査記録を残す仕組みも正式提供に入っている。Palantirが築いてきた領域に、正面から入り込んできた形だ。
競合の米Databricksも、同じ場所から攻めている。6月16日、業務の文書を自動で学習し続ける「Genie Ontology」を発表した。共同創業者でCEOのアリ・ゴドシ(Ali Ghodsi)氏は、経営責任者に対してなぜ利益率が変わったのかをAIが説明できないなら、それはAIの能力の問題ではなく、業務の文書を知らないことによる問題だ、と述べた。優れたモデルを導入するだけでは業務は動かず、コントロールプレーンが要る、という主張にほかならない。
オントロジーという名称は、Palantir Technologiesが自らの中核機能を指して使ってきた言葉である。同じ名前を掲げて同じ場所を取りに行く、Palantir Technologiesへの挑戦状といえる。
クラウドとモデルから攻める競争
第2が、業務システムのある場所から攻めるクラウド構えだ。米Amazon Web Services(AWS)は6月30日、10億ドルを投じ、技術者を顧客企業に常駐させる組織を立ち上げると発表した。顧客企業に常駐するこうした技術者は「フォワード・デプロイド・エンジニア」、略してFDEと呼ばれる。Palantir Technologiesが10年以上前に始めた取り組みだ。
7月2日には米Microsoftが25億ドルと6000人規模の「Frontier Company」を立ち上げ、商用部門責任者のジャドソン・アルソフ(Judson Althoff)氏は、従来フォワード・デプロイド・エンジニアリングと呼ばれてきたものを超えるものだ、と述べている。ただし、受け継いだのは名称と、人を現場に送り込むという形だけである。中身は違う。
AWSのFDEチームは顧客のAWS環境の中に、Palantir Technologiesのオントロジーに当たる層を設け、社内のデータ源に接続したうえで、AIに業務の地図を描かせる。報酬は働いた時間ではなく、顧客の事業にどれだけの成果が出たかで決まる。1顧客当たり5、6人が45日周期で入り、要件定義から実装、試験までエージェントに任せて、人間の技術者は検証と方向付けに回る。人が数カ月かけて描いていたものを、AIに数日で描かせる仕組みだ。
第3が、知能のある場所から攻めるモデル構えである。米Anthropicは5月4日、投資会社の米Blackstoneと米Hellman & Friedman、金融の米Goldman Sachsを創業パートナーとする企業向けサービス会社を設立した。評価額は15億ドルで、社内に人材を抱えられない中堅企業を対象とする。Blackstoneのジョン・グレイ(Jon Gray)氏は、最先端のAIを迅速に実装できる技術者の不足こそ、企業のAI導入における最大の障害の一つだ、と述べた。
米OpenAIも5月11日、19の投資家から40億ドル超を集めて「The Deployment Company」を設立し、実装専門の技術者150人を抱えるAIコンサルティングの英Tomoroを買収した。優れたモデルを持ちながら顧客の業務を知らないという弱点を、外部資源を抱き込んだ実装部隊で埋めにきた形になる。
「誰が勝ってもいい」、高みから基盤を売るNVIDIAの静かな勝利
半導体の米NVIDIAは、この3構えのどこにも加わらない。コントロールプレーンそのものの主導権争いには加わらず、それを作る各社に部品と計算基盤を売る立場にいる。
6月1日の年次イベント「GTC Taipei 2026」で発表されたのは、エージェントを構築するための部品群だった。CEOのジェンセン・フアン(Jensen Huang)氏は、ソフト大手がそれぞれ自社のAIエージェントを企業向けシステムに組み込もうとする一方、NVIDIAは「NemoClaw」を通じて、誰でも使えるオープンなエージェント基盤を提供すると述べている。コントロールプレーンの主導権争いで誰が勝っても、その下ではNVIDIAの半導体と計算基盤が使われるからだ。
日本でのNVIDIAの動きは、こうした同社の戦略をよく表している。NVIDIAは7月15日、日立製作所、NTT、ENEOSホールディングス、ANAグループのavatarinなどが、同社の公開モデル「Nemotron」を使って業界特化のAIを構築していると発表した。
来日したフアン氏は自動車、金融、医療、社会インフラの各分野で日本企業が自社専用のAI基盤を構築すると述べ、次の産業計画はメイド・イン・ジャパンになる、と述べた。自社専用という部分が重要である。コントロールプレーンを利用する企業の側には、海外製に業務の地図を預けず、自社専用の基盤を構築するという選択肢もあるわけだ。
「業務理解・実行・スピード」、法人向けAI最終戦争の勝敗を分けるのは?
では、コントロールプレーン争奪戦の勝敗を分けるものは何か。
第1は、企業の業務をどこまで深く理解できるかだ。データを集めるだけでは足りない。顧客、注文、工場といった情報がどうつながり、誰が何を判断し、どこまで実行してよいのかまで把握する必要がある。Palantir Technologiesはこれをオントロジーとして20年かけて蓄積してきた。一方SnowflakeやDatabricksは、すでに企業データが集まっている場所から業務の文書を取り込もうとしている。どこまで正確な「業務の地図」を作れるかが一つ目の勝負になる。
第2は、その地図の上でどこまで広く業務を動かせるかだ。AIが業務を理解しても、実際に発注したり、支援を止めたり、別のシステムを動かしたりできなければ、企業の仕事は変わらない。そのためには、データだけでなく、権限や業務システムまでつなぐ必要がある。AWSやMicrosoftが業務システムのある場所から参入しているのは、この点で強みを持つからだ。どれだけ多くの業務を一つの基盤から動かせるかが2つ目の勝負になる。
第3は、それをどこまで速く、多くの企業に導入できるかだ。どれだけ優れたコントロールプレーンでも、顧客ごとに技術者が数カ月かけて業務を調べなければ作れないのであれば、普及には限界がある。AWSは要件定義から実装、試験までにAIエージェントを使い、人間の技術者を検証と方向付けに回す。AnthropicやOpenAIも、モデルを提供するだけでなく、企業への実装を担う部隊を作り始めた。業務の地図を作る作業そのものをAIで短縮できるかが、3つ目の勝負になる。
各社の出発点は違う。Palantir Technologiesは業務理解、SnowflakeとDatabricksはデータ、AWSとMicrosoftは業務システム、AnthropicとOpenAIはAIモデルからこの市場に入ってきた。しかし最終的には、企業を深く理解し、広い範囲の業務を動かし、それを短期間で導入できるかという同じ3つの条件を満たす必要があるのだ。



