2004年のプロ野球再編騒動において、経営側の交渉窓口を務めた瀬戸山隆三氏(元ロッテ球団代表)が、選手会長・古田敦也氏との握手拒否エピソードを振り返り、「当然のことだった」と語った。ノンフィクションライターの日比野恭三氏によるインタビューで明かされた。
握手拒否の真相
2004年9月10日、労使交渉後の共同会見で、瀬戸山氏が差し出した右手を古田氏が無視する場面があった。会見場のシャッター音が鳴り響く中、瀬戸山氏は手を伸ばしたまま、古田氏は背を向けて退出した。この光景は翌日の新聞で大きく報じられ、経営側の「不誠実さ」を象徴するものとして批判を浴びた。
瀬戸山氏は当時を振り返り、「協議を継続しましょうという結論だったので、『引き続きよろしくね』という気持ちで手を差し出した。しかし古田さんにしてみれば、まだ何も決着していないという思いだったはずで、握手できないのは当然だと思った」と語る。
ストライキへのカウントダウン
2004年9月、球界再編騒動は最大の山場を迎えた。オリックスと近鉄の合併差し止め仮処分申請が東京地裁で却下されたものの、その際に「選手会は労働組合であり、NPBには誠実な団体交渉義務がある」という司法判断が下された。これを追い風に、選手会は9月6日の臨時総会で「交渉決裂時には週末ストライキを決行する」と決議した。
9月9日、ようやく開かれた労使交渉で、経営側の実務トップを務めたのが瀬戸山氏だった。当時、ロッテ球団代表に加え、NPBの選手関係委員長を兼任していた。選手会の要求は「オリックス・近鉄の合併1年間凍結」と「新規参入促進」の2点。当初は合併阻止の可能性を信じていたが、やがて「新規参入による2リーグ制維持」が実質的な目標となった。
交渉の妥協と緊張
翌10日まで続いた協議では、経営側が交流戦の導入や新規参入枠の検討など妥協案を提示。選手会は一定の成果を認め、週末のスト回避を決断した。両陣営が並んで臨んだ共同会見では、記者からの質問が締め切られ、息詰まる攻防が一時休戦を迎えた。その直後、握手拒否の場面が起きた。
瀬戸山氏は「通常のビジネス交渉ならごく当たり前の所作だったが、選手会側の切迫感との落差が際立った」と振り返る。経営側が平熱を保つのに対し、選手会長は張り詰めた表情を崩さなかった。この対比が、経営側の「不誠実さ」として世間に受け止められた。
ストライキ決行とその後
その後、選手会は日本プロ野球史上初のストライキを決行し、12試合が中止となった。瀬戸山氏は「ストライキをしてくれてホッとした」と率直な心情を吐露。経営側がこだわった「以降」「誠意」という4文字の言葉が、交渉決裂の引き金になったとされる。
また、新規参入ではライブドアではなく楽天が選ばれた経緯や、3年後に密かに交わされた古田氏との握手についても語られた。瀬戸山氏は「悪人の番頭」とバッシングされたが、実務者として職務を全うした姿勢を今も変わらず貫いている。



