プロ野球の東映(現北海道日本ハムファイターズ)、巨人、ロッテなどで強打の外野手として活躍した張本勲(はりもと・いさお)さんが9日、死去した。86歳だった。
在日韓国人2世、被爆を乗り越えプロ入り
広島市出身で、在日韓国人2世として育った。5歳のときに被爆した。地元の松本商高(現瀬戸内高)、大阪・浪華商高を経て、59年に東映に入団した。
76年から巨人、80年からはロッテでプレーした。プロ実働23年間で、歴代3位の2752試合に出場。通算で打率3割1分9厘、504本塁打、1676打点、319盗塁などの数字を残した。
「安打製造機」と呼ばれた打撃
通算3085安打は、現在のプロ野球最多記録(日米通算では、元オリックス、米マリナーズのイチロー=本名・鈴木一朗=が最多)。ヒットを量産する打撃スタイルで「安打製造機」とも言われた。
入団1年目から頭角を現し、パ・リーグの新人王に。少年時代にやけどした影響で右手が不自由だったが、打撃コーチだった松木謙治郎氏との出会いで中距離打者として開眼、打撃センスを磨いた。
解説者としても活躍、殿堂入りも
首位打者を7回獲得し、62年にはパの最優秀選手(MVP)に選ばれた。ベストナインには16度選出された。
81年のシーズンを最後に現役を退き、その後はテレビなどでプロ野球解説者として活躍、歯切れのいい話し方でお茶の間の人気者になった。90年、野球殿堂入りを果たした。



