プロ15年目の36歳、ロッテの益田直也が史上5人目の通算250セーブを達成し、平成生まれの投手として初めて名球会入りの資格を得た。記録達成の試合で投じた直球は全て150キロ以上だった。
記録の重みと時代の変化
先日、42歳で今季限りの現役引退を表明したオリックスの平野佳寿も、2023年の日米通算250セーブ達成に続き、昨季はプロ野球通算250セーブもマークした。この250セーブという数字が、球界の功労者が名を連ねる名球会の入会基準として甘すぎるのではないかという議論を呼んでいる。
1978年の名球会発足当時は投手が200勝、打者は2000安打をクリアした昭和生まれの選手が入会基準だった。しかし、時代の流れとともに救援投手の評価も高まり、2003年には通算250セーブ、日米通算記録も対象という基準が追加され、その後、会員の4分の3以上の賛成が得られれば入会できる特例もできた。
抑え投手の役割と記録の価値
田尾氏が現役選手だった頃、抑えといえば七回からの3イニングを任されるのが一般的だった。楽天監督時代を振り返っても、継投する投手の頭数を増やすのは勇気がいったものだという。だが、今のプロ野球は投手の役割分担がしっかり決まっており、昔と今とでは250セーブという記録の価値や重みが全く違う。
だからこそ、この記録をもって名球会に加わることは肯定されるべき数字だと田尾氏は主張する。より多くの選手が名球会入りを目標に挑戦できるよう、入会基準をもっと柔軟に設定してもいいのではないだろうか。
目標としての名球会
実際、200勝到達者は08年の中日・山本昌以来出ていない。だが、しっかりと努力を重ね、ベテランと呼ばれる年齢になってから名球会という大きな目標を見据えることができれば、現役生活を最後まで走り抜くための強いモチベーション、エネルギーにもなる。
茶のおいしさは、じっくり抽出して最後に出てくる「渋み」にこそ深い味わいがある。名球会という目標を胸に一日でも長く現役を続けることで、その渋みを最後までファンに見せてほしいと田尾氏は願っている。



