阪神、史上初の「阪神1位・巨人2位」なるか 巨人1位・阪神2位は17度も
阪神、史上初の「阪神1位・巨人2位」なるか 直接対決2試合残す

阪神は11日現在、優勝へのマジックナンバーを17とし、2位の巨人に1・5ゲーム差をつける。1950年の2リーグ分立後、「巨人1位、阪神2位」で終えたシーズンは17度あるが、「阪神1位、巨人2位」となれば初めてのこと。ライバルにはね返されてきた歴史を塗り替えられるか。白熱の優勝争いは佳境を迎えている。(平野和彦)

巨人1位、阪神2位のシーズン残りの直接対決は2試合

優勝する巨人に一歩届かない。阪神はそんな歴史を繰り返してきた。65~73年のV9時代も2位に甘んじること5度。当時、阪神の捕手だった辻恭彦(84)は王貞治、長嶋茂雄の「ON」の打力もさることながら「巨人は野球を知っていた」と振り返る。

参謀役だったコーチの牧野茂が出すサインから、作戦を読もうとしたことがある。だが、同じようなサインでも選手の動きが違う。「後で聞いたが、巨人には『サインを実行するかは選手に任せる』というサインがあったらしい」。打者や走者が状況に応じて判断していたという。

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辻の得意なプレーは一塁へのけん制球だった。素早く送球するため、捕球前から右のつま先を一塁側へ向けていたが、これを見抜いたのも巨人だった。右下手投げの阪神・上田次朗に対し、右打者が強振せずに逆らわない打撃を徹底してくることもあった。「長嶋さんもやる。意思統一がすごかった」

終盤で戦力尽きる

投手力が充実していた68年は、巨人に肉薄したシーズンだった。「死のロード」と呼ばれた8月を19勝2敗で乗り切り、Bクラスから2位に浮上。巨人に2ゲーム差まで迫り、9月17日から甲子園で4連戦の直接対決に臨んだ。

辻がマスクをかぶった初戦。2年目の江夏豊がシーズン354個目の三振を王から奪い、プロ野球新記録を達成し、0―0の延長十二回には自らサヨナラ打を放った。翌18日のダブルヘッダー第1戦は、エース村山実が完封勝ちした。

誤算は勝てば首位浮上の第2戦だった。先発バッキーが一回に死球を二つ与えると、四回には王に投じた内角球を巡る乱闘で右手を骨折した。代わりに登板した権藤正利は、王の頭部に死球をぶつけ、球場は異様な雰囲気に包まれた。

先発を外れ、ブルペンにいた辻は、次打者の長嶋が目に留まった。王が担架で運び出される中、「ネクストバッターズサークルで、集中を高めていてね。何か雰囲気が違った」。ここで長嶋が3ランをたたき込み、試合を決めた。

翌日、江夏が再び完封勝ちを収めるが、フル回転した疲れは否めず、4連戦後の登板は1勝3敗。チームも勢いを失い、巨人に5ゲーム差の2位にとどまった。辻は「あの長嶋さんの本塁打がなければ。4連勝していれば、優勝していたと思う」と今も悔しがる。

最大13ゲーム差を逆転される

その後もわずかに巨人に及ばず、何度もリーグ制覇を逃した。2008年に最大13ゲーム差を逆転されると、24年は天王山となった9月の一戦で、巨人の坂本に決勝打を許して突き放された。一方、過去7度の阪神優勝時は、巨人が不調で、いずれも3位以下に終わっている。

今季は夏場から両者の一騎打ちとなり、8月の直接対決で阪神が6連勝し、優位に立った。1番近本、2番中野のコンビに、辻は「形が固まっている。巨人も(柴田勲らが)いつもスコアリングポジションにいた印象だが、それと同じ」と目を細め、森下、佐藤の中軸には「ONみたいなもの」と賛辞を贈る。

残りの直接対決は12日と10月1日の2試合。阪神が逃げ切るのか、巨人が巻き返すのか、目が離せない。

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