蔵前国技館最後の本場所となった1984年秋場所。入幕2場所目の小錦八十吉は11日目に横綱隆の里を破り、2敗で優勝争いに加わった。
上位戦連戦、若嶋津との初対決
12日目は1敗でトップにいた大関若嶋津との一番。若嶋津は前の場所で優勝しており、この時が「綱取り」。連続優勝なら横綱昇進の可能性があった。小錦は「人のことを考える余裕はありません。目の前の相手を倒すことだけを考えて土俵に上がりました」と振り返る。
若嶋津にもろ差しに入られたが、慌てずに体を生かして寄り切り、若嶋津は2敗に後退。綱取りは結果的に失敗した。「邪魔をしてしまいましたね。でも正々堂々と勝負した結果です」と語る。
若嶋津(日高六男)さんは今年3月、69歳で亡くなった。「周りにいる立派な先輩たちがだんだんいなくなって悲しいことです」と悼んだ。
千代の富士との止め役対決
「小錦旋風」は止まらず、13日目は関脇の大乃国(現・芝田山親方)に勝利。14日目は横綱千代の富士に挑んだ。千代の富士は優勝31回の大横綱で、この時点で既に9回の優勝を誇る第一人者だった。
本来なら千代の富士は若嶋津との対戦順だったが、小錦の快進撃に慌てた相撲協会の審判部が千代の富士に小錦の「止め役」を託したとされる。



