なぜ大人の「申し訳ございません」は信用できないのか…東大名誉教授が見抜いた「謝れない3歳児」と同じ歪み
大人の謝罪が信用できない理由 東大名誉教授が指摘

謝るという行為は、実に難しい。企業の不祥事における謝罪会見に、白々しさを覚える人は少なくないだろう。保育学や教育心理学に精通する東京大学名誉教授の秋田喜代美氏は、「子どもであっても、形だけの謝罪を覚えてしまう場合がある。大人が伝えるべきことは多い」と指摘する。3歳の息子を育てるノンフィクションライター、山川徹氏が秋田氏に話を聞いた。

なぜ素直に謝れない人がいるのか

自分の非を絶対に認めない人に、心当たりはないだろうか。職場や取引先にも、必ず一人はいるものだ。プライドが高いのか、評価が下がるのを恐れているのか。理由は様々だろうが、周囲を疲弊させることだけは確かだ。中には、責任転嫁の末に被害を受けた経験がある人もいるかもしれない。そんなことが続けば、周囲から人は離れていく。

なぜ、素直に謝れないのか――。それが私の悩みである。悩みの種は、私自身でも、仕事相手の編集者でもない。問題は、3歳の長男Kだ。

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Kは決して謝らない。投げたおもちゃが私にぶつかったり、私の仕事場を散らかしたりしたとき、母親に「ごめんなさいは?」と促されても頑として謝らない。都合が悪くなると、「今度、新幹線いつ乗るの?」「キキとシータは仲間なの?」などと唐突に別の話を始めたり、黙り込んだりする。

悩みが深まったのは、Kと同い年の友人Aちゃんが謝る姿を見たからだ。一緒に食事をした帰り道、Aちゃんは父親の制止を振り切り、突然歩道を走り出した。ヒヤリとした。幸い何事もなかったが、Aちゃんの父親はしゃがみ込んで3歳の娘の目を見ながら強い口調で叱った。「危ないからダメって約束したでしょ! ごめんなさいは?」「……ごめんなさい」。素直に謝るAちゃんの姿に、私は軽い衝撃を受けた。

悪いことをやった意識がない

秋田氏は、3歳児が謝らない理由として「まだ善悪の概念が十分に発達していないから」と説明する。幼い子どもは、自分の行動が相手にどのような影響を与えたかを理解するのが難しい。そのため、悪いことをしたという意識がなく、謝罪の必要性を感じないのだ。

しかし、Aちゃんのように謝れる子どももいる。その違いは何か。秋田氏は「親が一貫してルールを教え、共感力を育んでいるかどうか」が鍵だと指摘する。Aちゃんの父親は、危険な行為を具体的に指摘し、なぜいけないのかを伝えた上で謝罪を求めた。これに対し、Kの親は「ごめんなさい」と言うこと自体を強要している可能性があるという。

相手に共感するから素直に謝れる

真の謝罪には、相手の気持ちを理解する共感力が不可欠だ。秋田氏は「『ごめんなさい』は単なる言葉ではなく、相手の痛みや悲しみを認識した上で発せられるべきもの」と語る。子どもが謝罪を学ぶ過程では、まず親が子どもの気持ちに共感し、それを言葉で示すことが重要だ。例えば、「ぶつかって痛かったね。ごめんね」と親が言うことで、子どもは謝罪の意味を自然に吸収する。

しかし、形だけの謝罪を繰り返すと、子どもは「謝れば許される」という誤った学習をしてしまう。これが、大人になってからの「申し訳ございません」が信用できない理由の一つだ。秋田氏は「中身の伴わない謝罪は、むしろ信頼を損なう」と警告する。

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とりあえず「ごめんなさい」の怖さ

「とりあえず謝っておけばいい」という態度は、子ども時代に形成されることが多い。親が「ごめんなさいは?」と機械的に促し、子どもが反射的に「ごめんなさい」と言う習慣がつくと、謝罪が形骸化する。秋田氏は「このパターンが繰り返されると、子どもは謝罪を『問題を終わらせるための儀式』と捉えるようになる」と危惧する。

実際、企業の謝罪会見でも「お騒がせして申し訳ありません」という言葉が頻繁に聞かれるが、それだけでは問題の本質が伝わらない。秋田氏は「謝罪には、何に対して謝っているのか、なぜそれが悪いのか、今後どうするのかを明確にすることが必要」と指摘する。

中身の伴わない謝罪会見が続くワケ

大人の社会では、謝罪が形だけになる背景に「保身」や「組織防衛」がある。秋田氏は「謝罪会見でよく見られるのは、責任を認めずに『ご迷惑をおかけしました』と曖昧に済ませるパターン。これは3歳児が『ごめんなさい』と言わずに話題をそらすのと同じ『歪み』だ」と分析する。

この歪みは、幼少期の謝罪教育に起因する。子どもが「謝れば許される」と学ぶ一方で、謝罪の本質を教えられないまま大人になると、形式だけの謝罪に終始するようになる。秋田氏は「大人がまず、謝罪の意味を理解し、子どもに手本を示すことが大切」と強調する。

親子の信頼関係を強くするために

では、どうすれば子どもは素直に謝れるようになるのか。秋田氏は「親が子どもの気持ちに寄り添い、対話を重ねることが何より重要」と説く。叱るだけではなく、なぜその行動が問題なのかを具体的に伝え、子どもが納得できるまで話し合う。そして、子どもが謝ったときは、その勇気を認めて褒めることも大切だ。

山川氏は、秋田氏の助言を受けて実践を始めた。Kが謝らないときは、無理に謝らせるのではなく、まずKの気持ちを聞くようにした。すると、Kは自分の行動を振り返り、少しずつ「ごめんね」と言えるようになってきたという。

謝罪は、単なる言葉ではなく、相手への敬意と共感の表れである。大人も子どもも、真摯な謝罪を通じて人間関係を築いていくことが、信頼社会の基盤となるのだ。