浪人したら人生「劇的に」変わった 57歳が29年間諦めなかった小説出版の軌跡
浪人したら人生劇的に変わった 57歳が29年間諦めなかった小説出版

岡山県出身の宮本さん(57歳)は、浪人生活を経て人生が「劇的に」変わったという。現役時代は偏差値60程度で、難関校や医学部の模試ではE判定しか取ったことがなかった。しかし、浪人を決意し、全寮制予備校で孤独に徹した勉強を続けた結果、医学部に合格。その後、小説の新人賞に21回落選しながらも29年間書き続け、57歳で念願の小説出版を果たした。

退屈な田舎から脱出したい一念

宮本さんは倉敷南高校に進学したが、勉強への動機は乏しく、3年間の成績は350人中50〜60番程度だった。そんな彼を動かしていたのは、「退屈な田舎から脱出したい」という強い思いだった。バブル景気で父親がベンツやポルシェに乗るような時代だったが、「お金で買えるものはたかが知れている」と感じ、勉強によって田舎を出たいと考えた。

浪人前提の現役時代

現役時の模試の偏差値は60程度で、難関校や医学部の模試ではE判定しかなかった。センター試験も8割弱にとどまった。地元から出たい気持ちはあったが、岡山大学医学部の学生が家庭教師についていたため、国立大学の医学部を2校受験。しかし、「最初から浪人を前提にしていて、受かるわけがないと思いながら受けた」と振り返る。結果は不合格で、想定通りの浪人生活に入った。

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「一言も話さない」と決めた浪人時代

浪人を決めた理由について宮本さんは、「やりたいことを考えながら受験勉強するため」と語る。「最初から浪人するつもりで受験していた。行くところがないし、浪人しながら今後のことをゆっくり考えようと思った。志望校も特に決まっていなかった」という。彼は大阪の全寮制予備校・両国予備校(河合塾系)に入り、「友達を作らない」というルールを自らに課した。「高校の時は、仲良くもないのに、なんとなく仲良いような感じの友人関係が気持ち悪いと思っていた。浪人したら友達は作らないと決めた。結局夏休み以降に友達はできたが、言葉を交わす程度にして孤独を守ろうと思い、夏過ぎまでは実際に誰とも一言も話さなかった。修行僧のように、一人で予習して授業を受け、復習を繰り返した」という。

成績急上昇と医学部合格

この孤独な努力が実を結び、宮本さんの成績は急上昇。浪人生活を経て、見事に医学部へ合格した。この経験が後に、29年間にわたる執筆活動の原動力となった。

小説新人賞に21回落選、それでも書き続けた29年

医学部を卒業し医師として働く傍ら、宮本さんは小説を書き続けた。しかし、新人賞に応募するたびに落選の連続で、21回もの落選を経験。それでも「書きたいという気持ちが消えなかった」と語る。29年間諦めずに書き続け、57歳でついに小説の出版を果たした。その作品は、彼自身の浪人経験や人生観が色濃く反映されたものとなっている。

諦めなかった理由

なぜ29年間も諦めずに書き続けられたのか。宮本さんは「浪人時代に、努力すれば結果が出ることを学んだ。その経験が、小説を書く上でも支えになった」と説明する。また、「退屈な田舎から脱出したい」という原動力が、医師としてのキャリアと創作活動の両方を駆り立てた。彼は現在も執筆を続けており、第二作の準備を進めている。

宮本さんの軌跡は、浪人という一見後ろ向きな選択が、人生を劇的に変えるきっかけになることを示している。彼は「浪人したからこそ、今の自分がある。諦めずに続ければ、必ず道は開ける」と語り、同じように夢を追う人々へのメッセージを送っている。

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