漢字「生」が留学生にもたらす絶望
ユニタス日本語学院の校長、益山幸久氏は、留学生にとって漢字「生」がまさに「絶望のシンボル」であると指摘する。「生ビール」で覚えたはずの「生」という漢字が、「生きる」「生まれる」「一生」「学生」と、一つの漢字に何通りもの読み方が存在する。留学生はこの一文字を通じて、日本語の奥深さと恐ろしさを痛感することになる。
日本語学校で最初に学ぶ「ます形」の壁
留学生たちの前に立ちはだかる壁は漢字だけではない。益山氏によれば、日本人の優しさが牙をむく「ある言葉」が、彼らをパニックに陥れているという。日本語学校で最初に学ぶのは「~ます」の丁寧語フォームだ。そのため、留学生の脳内辞書には「どこへ行きますか」「来ますか」しか入力されていない。そこに、短い「タメ口形(普通形)」や、長い音にしか聞こえない「呪文形(謙譲語)」を投げかけられると、学生たちは固まってしまう。
「どこ行く?」や「来ていただけますか?」といった表現は、日本人にとっては相手を思った親切な言葉だが、留学生にとっては高度な文法を投げつけられている状態に等しい。
次回予告:カタカナ英語の迷宮
さらに学生たちを絶望させるのが、街にあふれる「カタカナ英語」だ。益山氏は「英語がわかる人なら簡単じゃないの?」と思われるかもしれないが、実は日本人が無意識に仕掛けた恐ろしい罠が存在すると警告する。この「カタカナの迷宮」の詳細は、次回のコラムで紹介される予定だ。



