28歳から小説を書き始め、21回もの新人賞落選を経験しながらも、57歳で念願の初出版を果たした男性がいる。家庭教師で生計を立てながら、29年間書き続けた執念の物語だ。
28歳で小説を書き始め、35歳で初応募
宮本さん(仮名)は28歳のとき、家庭教師をしながら本格的に小説を書き始めた。それまで特別な文学経験があったわけではないが、創作への情熱が芽生えたという。35歳で初めての作品を完成させ、講談社の「群像新人文学賞」に応募。少し書き直して半年後には新潮社の「新潮新人賞」にも送った。いずれも1次選考は通過したものの、2次選考で落選した。
「初めて書いて絶対に当選すると思っていたので、信じられないという感じでした。でも、挫けずに書こうと思って、250枚ほどの原稿を書き続けました」と宮本さんは振り返る。その後も「群像新人文学賞」「新潮新人賞」「文學界新人賞」などに応募を続けた。
恩師の厳しい言葉と励まし
31歳の頃、大学時代の恩師である石山修武教授に原稿の途中段階を見てもらった。石山教授は「短いし、新しいところがあるとも思えない。作家で食っていくのがどんなに厳しいことか、もう少しわかった方がいい」と厳しく諭した。しかし、帰り際に「50歳まで続けたら認めてやる」と声をかけてくれた。
その言葉が支えとなり、宮本さんは「50歳までは頑張ろう」と決意。45歳で趣味のサルサダンスを通じて出会った女性と結婚し、2人の子どもにも恵まれながら、小説を書き続けた。
20年ぶりの再会と出版への道
50歳を過ぎた頃、知人に誘われて石山教授の個展を訪れ、20年ぶりに再会した。「『まだ書いています』と伝えると石山さんは『ああそうか』と返してくださいました。その後、石山氏は筆で書いたハガキを送ってくださり、『早く本を出しなさい、心待ちにしています』と応援していただいたんです」と宮本さんは語る。
この一言が再び心を動かし、執筆を続ける原動力となった。
ついに出版、29年の執念実る
そして57歳のとき、宮本さんはついに小説の出版を果たした。29年間、21回の落選を経験しながらも、一度も諦めることなく書き続けた結果だ。出版に至った経緯について、宮本さんは「石山先生の言葉がなければ、途中で挫折していたかもしれません」と感謝を述べている。
現在も宮本さんは新作の執筆を続けており、「これからも書き続けたい」と意欲を見せている。彼の物語は、遅咲きの作家として多くの人に希望を与えている。



