浪人2回、東大進学も研究室を出禁に。医学部編入で32歳医師になった男性、病理診断医として見つけた意外な天職
浪人2回、東大進学も研究室を出禁に。医学部編入で32歳医師になった男性、病理診断医として見つけた意外な天職

科学者になるために東京大学へ進学したが研究室を出禁になり、仕方なく医学部に編入して32歳で医師になった榎木さん。現在は病理診断医として、フリーランスという異色の働き方を続けている。

研修医を終えた後はさまざまな病院に勤めながら病理診断医として経験を積む一方、医学部在学中に設立したNPO法人の活動や、本の執筆、記事の寄稿などジャーナリスト的な発信も続けてきた。

2026年4月にクリニック開業

2000年からはフリーランスの病理医として複数の病院を掛け持ちする働き方を続け、2026年4月には「エノキ医科歯科病理診断クリニック」を開業。病理診断医としては珍しいキャリアを歩んでいる。

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2度の浪人経験が今の仕事に影響しているかを聞かれると、榎木さんは意外な方向から答えた。

浪人という挫折経験が自分を謙虚にさせる

「浪人する人は失敗していて、それは挫折経験の証明でもあります。それである種のプライドや自意識がなくなりました。医師はえてしてエリート意識が強くなりがちですが、患者さんは病気というマイナス面を抱えた方々です。浪人という挫折経験を持っているから、患者さんに対する態度がより謙虚でいられると思っています」

「人生は偶然とかさまざまな要素で決まるので、キャリアプランニング通りにいくのは無理だと思います。のちに計画的偶発性理論というのを知りました。偶然を活かして次のキャリアを展開していくという考え方があって、それって今までの私の生き方じゃないかと膝を打ちました。それを知ってから心が楽になり、人生思い通りにいかないのが当たり前だと学べました。浪人もそうですが、思い通りにいかないことも踏まえて次に進むのがいいと思います」

「人生は思った通りには行かない」

当初の人生計画とはまったく異なる道を歩んできた榎木さんは、こう締めくくった。

「結局人生は思った通りには行かないので、それが当たり前だと思って対処していくことが重要です。2回の浪人から得た経験はまさにそれで、今の仕事に活かしている感じはしています」

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