「バランスのいい東大生は、切り捨てたほうがいい。極端なところがあるやつのほうがいい、というのが、僕の見立てです」――一般財団法人ドラゴン桜財団代表理事で『ドラゴン桜2』編集担当の西岡壱誠氏はこう語る。
その根拠として、西岡氏は浦沢直樹さんの漫画『PLUTO』を挙げる。手塚治虫の「地上最大のロボット」を浦沢さんが再構築した傑作で、作中には「あらゆる人間の人格データを入力された、完全無欠のロボット」が登場する。理論上、彼は何者にでもなれる。優しい父にも、冷徹な軍人にも、慈悲深い聖職者にも。しかし、そのロボットは目覚めなかった。
理由は、あまりにも多くの選択肢を持ちすぎたため、「自分が何者になればいいのか」を決められなかったからだ。すべての可能性を持っているということは、逆に言えば、どれかひとつを選ぶ理由がどこにもないということ。無限の選択肢の前で、彼はフリーズしてしまった。これは「頭のいい人は動けなくなる」という話とまったく同じ構造だと西岡氏は指摘する。
「極端な感情」がロボットを起動させる
では、このロボットは最終的にどうやって起動するのか。答えは「極端な感情を注入すること」だ。憎しみでも、悲しみでも、愛情でもいい。とにかく一つの強烈な方向性を持ったベクトルを与えることで、無限のデータの海に「向き」が生まれ、ロボットはようやく動き出す。
西岡氏は、社会で活躍している東大生を見ていると、この話をよく思い出すという。頭のいい人は知識量が多いため「何も考えずに行動する」ができないこともある。だからこそ、バランスのよさよりも、一つの強い方向性を持つことが、社会で活躍するために重要だというのが西岡氏の見立てだ。



