浪人したら人生が劇的に変わった 科学者になるため東大進学も研究室を出禁に 32歳で医師になった男性の意外な天職
浪人したら人生が劇的に変わった 科学者になるため東大進学も研究室を出禁に 32歳で医師になった男性の意外な天職

榎木英介さんは1971年、神奈川県横浜市に生まれた。父親はメーカー勤務のサラリーマン、母親は専業主婦。公立小学校1年生の時に2回転校し、3つの学校を経験した。引っ込み思案で友達がなかなかできない子どもだった。

いじめを機に独学へ

学力はそこそこあり、小学6年生で近所にできた塾に入ると学年トップになった。しかし、いじめに遭い、1学期でやめることになる。公立中学校では1クラス40人以上、10クラス400〜500人という団塊ジュニア世代の大規模校に通った。中1の成績は5段階で3がつくこともある中の上〜上の下程度。塾でのいじめを経験していたため「塾は怖くて行けない」という気持ちがあり、進研ゼミの独学で勉強を続けた。

中2の神奈川県ア・テスト(アチーブメントテスト)では上位に入るものの、最上位とはいえず、トップレベルではあるがトップではない微妙な位置だった。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

『Newton』との出会い

中3の夏休みに本格的に勉強を始めると成績が急上昇し、公立進学校に進めるレベルに。高校受験で神奈川県立柏陽高校に入学した。併願した東京学芸大学附属と桐蔭学園の理数科は不合格(桐蔭学園普通科は合格)。県立高校模試では1万人中6番という成績を取るまでに伸びた。

「小学校高学年の頃、Newtonという科学雑誌が創刊されて読み出して、科学の面白さを知った」と榎木さん。高校入学後も科学者になりたいという夢は変わらず、研究に強い理学部への進学を視野に入れていった。

東大を第1志望に

高校最初の学年テストで学年470人中9番というスタートを切った。研究が強い京都大学や東北大学の理学部を検討していたが、次第に東京大学の理系を第1志望に定める。高1の時は東大のA判定を取ることもあったが、次第に成績が安定しなくなり、模試によってA判定の時もあればC〜Dの時もあるという状態が続いた。「確実に受かるレベルではなかった」と振り返る。

その後、榎木さんは浪人を経験し、人生が劇的に変わる。科学者になるための東大進学から、研究室を出禁になり、医学部へ編入。32歳で医師になった。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ