日本の伝統文化である書道は、主に右手で文字を書く芸術だ。近年は左利きのまま育つ若者が増え、学校の授業などでうまく毛筆を扱えず、書道に苦手意識を持つ人もいる。伝統的工芸品「奈良筆」を作る老舗筆メーカー「あかしや」(奈良市)は、一人の高校生の悩みに応え、左利き用の毛筆を開発した。
左利きが書道で直面する課題
同社によると、左利きの人が書道を苦手とする理由として、▽筆先や筆跡が手で隠れ、字形を確認しづらい▽筆を押して横線やはらいを書くため、筆圧調整が難しい▽文字が右下がりになる――などが挙げられる。
開発した商品は「左きき用筆 書写楽 LEFTY」。まっすぐな普通の筆と違い、軸の2か所に角度をつけた独特の形状をしている。右手で持つ場合と筆先が同じ角度になるよう設計されており、手や腕をひねらなくても、字形を確認しながら筆を運べる。
きっかけは高校生のメール
2024年8月、奈良県内の学校に通う高校生から同社に、「左利き用の筆はないんですか」というメールが届いたことがきっかけだった。同社は高校生とオンライン会議やメールでやりとりし、試作を重ねて軸の「ちょうどいい角度」を見定めてもらった。
試作品を学校や書道教室に持ち込むと、「毛筆は右で書くのが当然」「人と違うものを持たせるのは不安」という意見があった一方、前向きな声も多かった。
書道教室に通う奈良県生駒市の女子中学生(12)は、小学2年から左手で筆を持ち続け、慣れるのに苦労したという。試作品を使ってみて、「滑らかに書け、もっと早くあったら良かったのにと思った」と話した。
開発者の思いと価格設定
開発に携わった中井慎也さん(52)は「字の形の美しさや、止め・はね・はらいを重視する書道では、左利きが圧倒的に不利。そこをお手伝いできる道具になれば」と語る。
7月下旬に発売予定で、1本800~1200円(税抜き)。製造コストは右利き用と比べて割高だが、「右利きと左利きで道具を買うハードルを変えたくない」(水谷豊社長)との思いから、ほぼ同じ価格にした。
書道人口の減少と左利きへの理解
総務省の調査によると、書道を趣味・娯楽とする人は21年に381万人で、1996年(677万人)から約4割減った。
左利きへの理解を深める活動を続ける「日本左利き協会」の発起人・大路直哉さんは「商品化は画期的。今後、左利きの筆法と組み合わせて教育現場などで普及させることが重要だ」と指摘する。
日本左利き協会が2019~20年、1225人に実施したアンケート調査によると、「幼少期に矯正された」と回答した人は、1940~70年代生まれが7~8割なのに対し、96~2005年生まれは36%だった。
左利きグッズ市場の広がり
最近では、左利き向けのグッズも多く発売されている。オンラインショップの「左ききの道具店」では約200点を取り扱う。日付が右側にあり、日別の記入欄とメモ欄が一般的な手帳と逆になっているオリジナルの「左ききの手帳」などが売れ筋という。
自身も左利きで苦労した経験を持つ店長の加藤礼さん(47)は「道具に合わせるのではなく、自分に合った道具を使いたい人が増えている。左利きは身体的特徴の一つ。自分とは違う視点を持つ人がいることが、自然と前提になる社会になれば」と話す。
きっかけとなった高校生の声
製品開発のきっかけとなった高校生は、読売新聞のメール取材に、「あかしや」を通じて匿名で答えた。小学校の書道では筆を左手で持っていたが、うまく書けず、書道が嫌いだったという。中学校の新入生歓迎会で書道部のパフォーマンスに圧倒され入部したいと思ったが、苦手意識を拭いきれず断念した。それから、同じように書道に障壁を感じる人たちのために何かできないかと考え、あかしやに連絡した。
左利き用の筆が発売されることについて、「ずっと思い描いていたものが形になってすごくうれしい。年賀状の時期にも大活躍しそう。筆書きの文字、凄くかっこよくて憧れなんです!」と喜びを語った。また、「書道の授業では、自分だけが置いていかれているような劣等感を覚えていた。選択肢が広がり、私と同じような方が書道に向き合ってくれたら良い」と期待を寄せた。



