小学生が始業前に過ごす「朝の居場所」を提供する自治体が増えている。子どもを自宅に残して出勤する家庭などから要望が上がっているためだ。一方、受け入れ態勢を整えるための人員確保などが難しい自治体もある。
東京都江戸川区では20校で実施
9月下旬の午前7時半過ぎ、東京都江戸川区の第三松江小学校の会議室に子どもたちの声が響いた。子どもたちは、シルバー人材センターの職員に見守られ、午前8時まで自主学習などをして過ごした。
同校は午前8時に開門するが、登録した小学生に限って午前7時半に校舎内に入れる。3年生の子どもが利用する母親は「早く出勤しなければならない。子どもが安全に過ごせる居場所があってありがたい」と話していた。
一般的に、保育園は午前7時台から登園できるが、小学校の登校時間は8時台。共働き家庭などでは、就学後、保護者が子どもを自宅に残して出勤しなければならないケースがあり、「朝の小1の壁」と呼ばれて課題となっている。
区は昨年度、学校の始業前に小学生が校舎内で過ごせる「朝の居場所」の提供を始めた。利用は無料。現在は区立小65校のうち20校で実施しており、全校に広げる方針だ。
区教育委員会の栗間大介さんは「朝早くから、校門の外で開門を待つ小学生がいる学校もあり、保護者から『小学校の開門時間が遅く、子どもを置いて出勤しなければならず困っている』という声が寄せられていた」と説明する。区は、区の予算や東京都の補助金を使って、職員を新たに雇用した。栗間さんは「『小1の壁』を解消するため、行政からも保護者を支えていきたい」と話す。
東京都によると、「朝の居場所」は4月現在、都内の26市区で、都の補助金を活用して実施している。
全国調査で見える需要と課題
こども家庭庁が2024年度、全国の共働き家庭などの小学生の保護者3708人に行った調査によると、「朝、子どもが自宅で一人で過ごす時間があり、不安がある」は28%。学校がある日の朝、自宅以外の子どもの居場所を「利用したい」は3割に上った。
大阪府豊中市では、全市立小37校で実施し、子どもたちは午前7時から始業前まで体育館などで過ごすことができる。市教育委員会の桑田篤志さんは「利用は無料。子育てのしやすい街にして、若い世代に住んでほしい。市のブランド戦略として取り組む価値はある」と話す。
学校現場の現状に詳しい、名古屋大の内田良教授は「共働き家庭やひとり親家庭が増え、早朝の勤務が必要な保護者もいる。子どもたちが安心して朝の時間を過ごせるように、自治体は、教員の業務とは明確に切り離した上で、安全な朝の居場所作りを進めていくべきだ」と指摘する。
一方、こども家庭庁が2024年度、全国の市区町村を対象に実施した調査では、有効回答1017市区町村のうち、朝の居場所の施策を「実施していない(未検討)」は97%に上った。課題(複数回答)として最も多いのは「居場所運営に従事する人材の確保が難しい」(70%)。ほかに「居場所の確保・調整が難しい」(43%)、「居場所づくりのための予算確保が難しい」(34%)が上位に挙がった。
埼玉県川口市青少年対策室長の神田高志さんは「市として、小学生の朝の居場所を提供する予定はない。利用希望はゼロではないが、教員に対応してもらうのは難しい。朝の30分~1時間だけ対応する職員を新たに確保することも簡単ではない」と話す。市によると、市立小学校全52校の開門はおおむね午前8時。市教育委員会が2~3月、共働き家庭などの市内の小学生が放課後に過ごす「放課後児童クラブ」の利用家庭にアンケートを行ったところ、有効回答3258のうち、平日朝7~8時に子どもの居場所の提供を希望したのは397家庭だった。
神奈川県横須賀市も、小学生向けの朝の居場所を求める声は寄せられているものの、現段階では提供する予定はない。市放課後児童対策担当課長の田中慎一さんは「安全面を考えると、朝早くから校舎を開放すればいいわけではない。学校側に負担をかけずに子どもを見守る態勢が必要だが、予算や人材の確保は簡単ではない」と話す。
企業の取り組みと専門家の指摘
近年、教員の長時間労働が社会問題となる中、教員が本来の勤務時間よりも早く出勤し、朝早くに登校する子どもたちの見守りや授業の準備をしている状況を見直す動きが広がっている。小学校の校門を開ける時間や子どもたちの登校時間は、各自治体の教育委員会や学校長の裁量に任されているが、教員の業務負担を軽減する対策の一つとして、開門時間を遅らせて始業時間との間隔を狭める小学校が増えている。
家庭と仕事の両立に関する労働政策に詳しい、大正大の池田心豪教授は「人材などが限られている中、これ以上の育児支援を自治体や企業に求め続けるのは、限界に近づいている」と指摘する。その上で「子どもの朝の居場所を求める背景には、地域社会の希薄化もある。子どもの朝の居場所づくりを広げていくためには、同じ地域に暮らす住民として、信頼関係を築いて助け合える地域社会をつくっていくことが重要」と話す。
日本労働組合総連合会(連合)が2023年、小学生以下の子を持つ20~50歳代に、共働きに必要な両立支援施策(複数回答)を尋ねたところ、上位に「フレックスタイム制度」(31%)、「テレワーク制度」(27%)、「短時間勤務制度」(26%)などが挙がった。
従業員らの育児と仕事の両立を支えようと、独自の制度を整える企業もある。明治安田生命(東京)は今年度、始業時間を最大1時間繰り下げることができる制度の対象を、小学1年から小学3年の子どもを持つ従業員に拡大した。オンワードホールディングス(東京)は、午前8~10時の間で10分刻みで始業時間を選べる。「フルタイムで働きたい」「周囲に迷惑をかけたくない」といった小学生の子どもがいる従業員の声などを受けて、制度を作った。気兼ねなく利用できるように全ての従業員が対象。同社の人事担当の柳川純一さんは「従業員が力を十分に発揮できる職場環境を整えることで、会社の成長につなげたい」と話す。大成建設(東京)にも、子育て中の従業員が始業や終業の時間を柔軟に調整できる制度がある。
日本女子大の大沢真知子名誉教授は「『朝の小1の壁』は、保護者が離職する要因の一つで、生産性の低下にもつながる企業の大きな問題。企業は、これまで以上に、従業員が個別の事情を相談しやすい雰囲気や仕組みを作り、働き方の選択肢を増やしていくことが必要です」と指摘している。