56歳で父親になり、現在62歳。6歳の息子との56歳差の日々は、大切なことを気付かせてくれる。この夏、わが家にひとつの区切りが訪れた。2歳のころ、激しい発作で救急車に運ばれ入院までした小児ぜんそくが、ようやくほぼ完治したのだ。
「ガッシャン!」からの卒業
毎朝、パパかママが手伝いながら、透明の筒をセットして「ガッシャン!」と押し、粉薬を吸い込む日課が続いていた。その「ガッシャン!」からの卒業に、息子は「やったー」と小さく手をグーにした。主治医の「あとは、もしものときの薬を持っておけば大丈夫」という言葉にほっとした。よく嫌がらずに日課にしてくれていた、と。
思えば、妊娠中のママの大病を経て、1200グラムほどの小ささで人より早く生まれてきた息子だ。ここまで無事にすくすく育ってくれただけで、本当はもう満点なのだ。それなのに親というのは欲深い。来春の小学校入学を前に大学病院で受けた検査で、マイペースでマイワールド全開な姿や、得意・不得意の凸凹(ばらつき)がデータとして出ると、「大丈夫か?」と勝手にハラハラしてしまう。
泣きそうになるママとパパ
そんな親の器の小ささを、息子があっさりと笑い飛ばすようなことがあった。検査結果の説明を受けて少し緊張した空気の中、お医者さんが息子に「お母さんの料理で何が一番好き?」と優しく尋ねた。ハンバーグか、それとも「またつくって」と感激して汁を飲み干していた鶏手羽中のレモン煮か。少し考えてから、息子は満面の笑みで答えた。「ぜんぶ!」。泣きそうになるママとパパ。お医者さんの表情も、一瞬でやわらいだ。
特定のメニューではなく、ママが作る食卓の空気そのものを丸ごと愛せる素直さ。この「ぜんぶ!」の一言に、ハッとさせられた。
息子の将来は無限大
時代はAIだなんだと騒がしい。苦手で要領を得ないことがあっても、きっとテクノロジーがいくらでも手助けしてくれる。それより、好きなものに没頭する力や、周りを一瞬で笑顔にする「ぜんぶ!」の肯定力こそ、息子が未来をたくましく生きていくための最高の武器になるはずだ。
毎朝の吸入器から解放され、息子の胸は今、とても深く大きな息を吸い込んでいる。「ママの料理はぜんぶ好き」と言える真っすぐな心があるなら、息子の将来は無限大だ。小さな物差しで測ろうとしていたパパは少し反省しながら、だんだんと親離れの兆しをみせ、大きく見える息子の背中をいとおしく眺めている。



