98歳の高橋和彦さん、戦没者追悼式に最年長で参列 兄の死と平和への思い
98歳の高橋和彦さん、戦没者追悼式に最年長で参列

全国戦没者追悼式に最年長の98歳で参列した高橋和彦さん(川崎市)は、先の大戦で、ともに東京都杉並区で育った11歳上の兄、冨彦さん=当時(27)=を亡くした。

兄の足跡と戦死

終戦後、安否が分からなかった兄。早稲田大で機械工学を学んでいた冨彦さんは、戦時中の臨時措置で通常より4カ月早く大学を卒業。エンジンを製造する鉄鋼会社に勤務した。仕事を終え、家に帰ってきたときの様子は「学んだことが生かされたからか、意気揚々としていた」という。

しかし、それから2カ月足らずの昭和17年1月、海軍に入隊。航空機の整備に携わり、20年4月、フィリピンのルソン島で戦死した。兄の安否は終戦後もしばらく分からなかった。父は「必ず帰ってくる」と言いながら終戦翌年にがんで亡くなった。兄の訃報に接したのは、父の死から2、3年後のことだった。

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学徒動員と空襲の記憶

戦時中、高橋さんも学徒動員で現在の武蔵野市周辺にあった軍需工場で働いた。19年11月、近くの航空機エンジン工場を標的とした米軍のB29爆撃機による空襲が始まると、小さな壕に隠れて上空を飛ぶ爆撃機を数えた。空気を切る音を聞いた後、体に地響きを感じたことで「生き延びた」ことを実感した。

川崎市の住まいから電車を乗り継ぎ、追悼式会場の日本武道館(東京都千代田区)を訪れた。戦没者を悼むだけではなく、参列する若者や今を生きる世代の心に「何かを残す機会になれば」と考えている。

世界の戦争への思い

世界では今も戦争が続く。

「平和を口にするだけでは平和は到来しない。現実と向き合いながら、一人一人が平和を守ることについて考えなければいけない」と語った。

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