辺野古沖事故5カ月、平和丸船長「出航判断は金井船長が主導」と供述
辺野古沖事故5カ月、平和丸船長「出航判断は金井船長が主導」

沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し、同志社国際高(京都府)2年の武石知華(ともか)さん(17)ら2人が死亡した事故で、知華さんが乗っていた抗議船「平和丸」の船長と乗組員が、第11管区海上保安本部(那覇)の任意の聴取に、抗議船「不屈」の金井創船長(71)=死亡=が出航判断などの主導権を握っていたとの趣旨の供述をしていたことが16日、捜査関係者への取材で分かった。事故は16日で発生から5カ月となり、運航団体幹部が現場海域近くで献花した。

金井船長が主導、平和丸は追従

捜査関係者によると、平和丸の男性船長と男性乗組員は事故発生からまもなく、11管の任意聴取に対し、出航判断だけでなく航路の選定も金井船長が主導していたとして、「基本的には金井船長についていっている」などと供述したという。

事故の経緯と臨時制限区域への侵入

事故は3月16日午前10時10分ごろに発生。米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する抗議船2隻のうち不屈が先に転覆し、救助に向かった平和丸も約2分後に転覆した。2隻は事故直前、航行が禁じられている辺野古沖の「臨時制限区域」内に侵入していたことも、のちに判明した。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

抗議団体代表らが献花、今後の対応

一方、2隻を運航した抗議団体「ヘリ基地反対協議会」共同代表の浦島悦子、仲村善幸両氏らは16日、現場海域から約4キロ離れた「瀬嵩(せだけ)の浜」を訪れ、砂浜に置かれた石の上に花を手向け、手を合わせた。

浦島氏は慰霊後、取材に応じ、遺族の刑事告訴に基づき業務上過失致死傷などの容疑で自宅を家宅捜索されたことについて、「ご遺族がそういうふう(捜査が不十分)に考えて刑事告訴されたのであれば、私たちもしっかりと受け止め、それに応えたい」と話した。

仲村氏は「海保の事情聴取が続くので、そこに全力を尽くす」とし、今のところ団体や平和丸船長らの記者会見は予定していないと明かした。辺野古漁港に隣接する活動拠点「浜テント」は現在、台風の接近に伴い天幕や献花台などが撤去されているが、仲村氏は「撤去することは考えていない」と強調し、いずれ復旧させる考えを示した。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ