小樽空襲に35人目の犠牲者か、旧高島町史の証言が注目集める
小樽空襲に35人目の犠牲者か、旧高島町史の証言が注目

小樽空襲で、これまで数えられていなかった可能性のある犠牲者がいたことを示す証言が、旧高島町(小樽市高島地区)の歴史をまとめた「新高島町史」(1986年)に掲載されていることが注目を集めている。証言は、岬の小舟が射たれて一人が死に、数人がけがをしたという内容で、45年7月の小樽空襲で亡くなったとされる34人に含まれていない可能性がある。

証言の内容と経緯

町史に掲載された証言は、高島地区の小学生が古老たちから地域の歴史を取材してまとめた「高島子ども風土記」(74年)から引用されたもの。当時、市立高島小6年だった会社員の西館謙さん(64)が、祖父の正信さんから聞き取った話だ。西館さんは「祖父は当時出征していて、小樽にはいなかったが、船用品の会社を経営しており、漁師の事情には詳しかった。信用できる話だと思う」と話す。

この証言が注目されるきっかけとなったのは、小樽市のアマチュア劇団「劇団うみねこ」が昨年、西館さんの祖父の証言を反映させた創作劇「失われしもの」を上演したことだ。これを機に、小樽空襲の実態が問い直されている。

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犠牲者数の変遷

小樽空襲の犠牲者については、「いつまでも戦争を忘れない小樽教師の会」が当時の執葬認許証(火葬証明書)を基に31人の個人名を特定し、「小樽の戦争―証言資料集(4) 昭和二十年七月十五日の小樽~小樽空襲の記録その一~」(88年)として発表した。その後、北海道空襲を調査している地方史研究家の山本竜也さん(50)が2011年に刊行した「北海道空襲犠牲者名簿」で新たに3人を追加し、計34人が定説となっている。

高島の件については、「小樽教師の会」の代表を務めた鴫谷節夫さん(90)も山本さんも、それぞれが確認した犠牲者の中に含まれていないと話しており、35人目の可能性がある。

今後の課題

ただ、山本さんは新たな犠牲者として加算することには慎重な立場で、「せめて『町史』が出た頃に、専門家がきちんと調査してくれていれば」と残念がる。小樽市総合博物館の一色紗矢香学芸員は「誰がいつ証言したのかが活字で残っていることは重要。数に含めるかは別として、貴重な証言として尊重したい」と評価している。

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