終戦の日の15日、鹿児島市の城山公園にある探勝園で、下鶴隆央市長や遺族らが「第二次世界大戦敵味方戦亡者慰霊碑」に献花した。例年行われていた慰霊祭は、参列する遺族の高齢化などを理由に、10月の戦没者追悼式に統合され、負担の軽減が図られることになった。
慰霊碑前で黙とうと献花
15日、慰霊碑前に集まった下鶴市長や市職員、遺族ら約10人が黙とうをささげた後、献花をして戦没者の冥福を祈った。参列者らのあいさつなどはなく、下鶴市長は報道陣の取材に対し、「戦後80年以上が経過し、戦争の記憶の風化が懸念されている。子どもたちが参加しやすい日程に式典を統合し、次の世代に恒久平和の尊さを伝えていく」と語った。
式典統合の経緯と今後の予定
同市は1954年以降、毎年終戦の日に「第二次世界大戦戦亡者慰霊祭」を行ってきた。遺族の高齢化や酷暑による参列者の負担増などの理由で見直しを求める声が上がり、今年からは10月の「市戦没者追悼式」に一本化。慰霊碑前では、献花のみを行うことにした。統合後の式典の名称は「市戦没者追悼・平和祈念式」とし、毎年10月に市中央公民館で実施する。平和の継承の色合いを強め、子どもたちの参列者を25人程度から約60人に増やし、市の戦災の実相などを説明するリーフレットを毎年参列者に配布するという。
遺族の思い
戦争で叔父を亡くし、毎年慰霊祭や追悼式に参加しているという同市の森智恵子さん(80)は「(統合は)遺族の負担を考えると仕方がない。平和が続くように継承していかないといけない」と話した。



