2014年8月の広島土砂災害から12年となった20日、広島市安佐南区の小原山町内会の慰霊碑前で献花式が行われた。町内会では住民の半数近い23人が犠牲になった。発生翌年に町内会長となった財原一夫さん(78)はこの10年以上、毎週のように碑に足を運び、犠牲者の冥福を祈り続けてきた。
献花式に約40人が参列
20日午前に営まれた献花式には、遺族や地域住民ら約40人が参列した。財原さんは冒頭のあいさつで、「12年前のことが私の脳裏から消えることはありません」と語り、犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑に静かに手を合わせた。
「雨はじきにやむだろう」。財原さんは12年前のあの日、山際に立つ自宅2階で眠りについた。しばらくして、自宅がぐらっと大きく揺れて目が覚めた。窓の外に目をやると、傾いた電柱が横切っていった。1階には大量の土砂が流れ込み、外に出られなくなった。
夜が明けて外を見ると、道路を挟んで20軒ほどの住宅が立ち並ぶ一帯が土砂に覆われ、住宅はすべて土石流で押し流されていた。
町内会の喪失感と慰霊の継続
町内会には働き盛りの30~40歳代を中心に約50人がいたが、23人が犠牲になった。バーベキューや運動会など町内会活動が活発で、懇意にしていた人も多く、喪失感は大きかった。
翌春、転居で地区を離れた町内会長の後任に打診され、「自分がやるしかない」と引き受けた。その年の夏に一人ひとりの名前を刻んだ石碑が完成すると、週に1度は足を運んで手を合わせ、月命日には花を供えてきた。23年秋に近くの緑地に桜の苗を8本植え、今年に入ってからは花壇を作ってヒマワリやユリなど約10種類の花を植えた。
昨年1月に大腸がんで一時入院したが、退院してから1週間もたたないうちに碑に向かった。妻のすえみさん(77)は「自分には何があっても、災害で無念の死を遂げたみなさんのために祈ろうとしたのでは」と話した。
風化への懸念と誓い
月日を重ねるごとに地区を離れる人が増え、自身も高齢になった。各地で豪雨災害が多発する中、12年前の土砂災害の風化を案じる。「災害のことや亡くなられた人たちのことは忘れてはいけない。これからもこの地を守っていく」。そう改めて誓った。
◆ 広島土砂災害=2014年8月20日未明に発生。「線状降水帯」がもたらした大雨で、広島市安佐南区や安佐北区を中心に各地で土石流や崖崩れが起き、広島県などによると、77人(災害関連死を含む)が犠牲となった。住宅被害は約4700棟に上った。



