美しい髪もスープに浮かべば「汚い」に変わる――。この日常的な感覚の謎を、都市文化を研究する歴史家のエルサ・リチャードソン氏が解き明かしている。リチャードソン氏は「物質そのものが汚いのではなく、私たちが状態や情景に意味づけすることで汚くなるのだ」と説明する。
1851年ロンドン万博で注目を集めた水洗トイレ
1851年、ロンドンのハイドパークで開催された万国博覧会は、世界中の近代工業技術と文化を展示する初の国際博覧会だった。印刷機械、蒸気エンジン、最新の通信機器などが並ぶ中、来場者が最も列をなしたのは、1ペニーを払って使用する世界初の公衆水洗トイレだった。この水洗トイレは、ロンドン中心部で小さな店を構える配管工ジョージ・ジェニングス(1810~1882)の製作によるものだった。
水洗トイレは単なる便利設備ではなく、娯楽として人気を博し、メディアは工学の偉業だと称賛。人間の糞尿処理で英国が世界をリードしていると絶賛された。その後、ニューヨーク、シカゴ、ブリュッセルでの国際博覧会でも衛生関連技術は注目の的だった。1884年の万国衛生博覧会では複数の排水管が展示され、1867年のパリ国際博覧会ではパリ市の排水システムのガイドツアーが催された。1911年のドレスデン国際衛生博覧会では、ドイツの下水処理場を革新する新たな建設モデルが紹介された。
排せつ物処理法が文明の尺度とされた時代
帝国主義全盛のこの時代、植民地から略奪した戦利品が誇示される国際博覧会で、主催国が糞尿処理方法の最適解を示す展示に最大の注目が集まったことには深い意味がある。なぜ糞尿処理がこれほど人々の興味を引いたのか。その答えは、社会と文化の進歩は公衆衛生状態によって最も評価されると信じられていたからだ。
19世紀は衛生学が脚光を浴びた時代だった。1857年には「衛生学はコミュニティ全体の健康維持と病気予防に対応し、損なわれた健康の回復を目的とする医学とは一線を画す」と明確に打ち出された。個人の衛生状態の改善から集団ワクチン接種、家屋の換気、より安全な食品基準の設定まで、衛生学の領域は個人と集団の広範囲に及ぶ。科学革命の中心となった衛生学で最大の課題は、道路や工業地帯に廃棄されていた糞尿をいかに安全に処理するかだった。ロンドン万博でトイレが誇らしげに展示されたのは、文明の進歩を示す指標が排せつ物の処理方法にあると考えられたからである。
「場所はずれの物質」が生む不快感
リチャードソン氏の分析によれば、私たちが髪の毛や糞尿に感じる嫌悪感は、それらが「場所はずれの物質」と認識されることに起因する。スープの中の髪の毛は、本来あるべき場所(頭皮)から外れ、食べ物という不適切な環境に存在するため、強い不快感を引き起こす。同様に、トイレに適切に処理された排泄物は問題ないが、路上に放置されれば「汚い」と感じられる。つまり、汚れとは物質の本質的な性質ではなく、社会的・文化的な文脈によって定義される相対的な概念なのだ。
この視点は、19世紀の衛生改革運動がなぜ排泄物処理に執着したかを理解する鍵となる。当時の人々は、適切な処理方法を確立することで「汚れ」を管理し、文明の進歩を示そうとしたのである。



