学童疎開の過酷な動員作業、長男が調査し初報告 和歌山・御坊
学童疎開の過酷な動員作業、長男が調査し初報告

戦時中に御坊市へ疎開し、勤労動員で過酷な作業を経験した花沢怜子さん(93)の当時の状況を、長男の徹さん(55)(ともに千葉県在住)が聞き取りや資料調査で明らかにし、その初報告が9日に御坊市内で行われた。市民ら約80人が聞き入った。

東京から御坊へ疎開、女学校で学ぶ

怜子さんは母方の親戚の縁で、1944年夏に東京から現在の御坊市へ疎開。45年に和歌山県立日高高等女学校(現・県立日高高)に入学した。

戦局悪化に伴い、軍の要求で現在の美浜町にある「煙樹ヶ浜」で、女子生徒のみで大量の砂利を運ばされる重労働にあたった。本土決戦に向けた作業だったとみられる。45年6月には空襲で同級生を亡くし、米軍機の機銃掃射に遭遇したこともあったという。怜子さんのこうした体験は紙芝居になっている。

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「なぜ母が」、長男が調査開始

幼い頃から当時の記憶や御坊市との関わりを怜子さんから聞かされていた徹さんは「なぜ母が過酷な作業に当たらなければならなかったのか」と感じ、戦後80年を迎えた昨年から調査を始めた。

徹さんは、御坊市周辺で戦時中に駐屯していた陸軍部隊を調べるため、防衛研究所の史料閲覧室や国立公文書館などを訪ね、記録の閲覧を繰り返した。当時の労働量などを浮き彫りにするために怜子さんへの詳細な聞き取りや、記憶の整理なども行った。

1日390キロの石運搬、食事は500キロ・カロリー

初報告は、平和を題材にした市民向けの催しで、怜子さんの体験に基づいた紙芝居の朗読に合わせて9日に御坊市中央公民館で行われた。

徹さんの報告では、怜子さんらは週6日動員され、2人1組で1日当たり計約390キロ相当の石を片道300メートルほど運ばされたと推測した。このほか、1日に約3400キロ・カロリー以上を要する作業に対し、当時は茶がゆやキャベツの千切りなど1日に約500キロ・カロリー相当の食事しかとれていなかったことなどを伝えた。「陸軍兵士に匹敵する過酷な作業の一方で、極限の栄養失調状態になりながらも労働を強いられていた」とまとめた。

徹さんの調査について、怜子さんは「当時の体験は、これまでの人生の中でも強烈な出来事だった。その苦しみを具体的に伝えようとしてくれていることがありがたい」と話す。

9月19日に講演、さらなる報告へ

徹さんは9月19日の午後1時30分~4時、美浜町和田の中央公民館の催しでも、資料や現地調査の内容のほか、怜子さんが戦時中に従事した作業の目的に関する分析結果を講演で報告する予定だ。

徹さんは「リアルな数字や資料から分かる背景を添えることで、本人でなくても伝えられることがあると思う。戦争を繰り返さないように自分のやり方で語り継いでいきたい」と決意を新たにする。

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