足利義昭ゆかりの短刀か、河野氏子孫が所有 鞆の資料館が10月展示
足利義昭ゆかりの短刀か 河野氏子孫所有 10月展示

福山市鞆町の市鞆の浦歴史民俗資料館は、県内の個人が所有する短刀を調査し、室町幕府最後の将軍・足利義昭ゆかりの品である可能性があると発表した。短刀は10月8日に始まる同館の企画展で展示する。

短刀の特徴と調査経緯

同館は昨年10月、伊予国(愛媛県)の中世の有力武将・河野氏の子孫で、広島県内在住の男性から連絡を受け、家宝として伝わる短刀と文書類を刀剣の専門家らと調査していた。

短刀は全長30.9センチ。形状などから室町中期に肥後国(熊本県)の刀工集団・末延寿派が作ったとみられる。元々はやりで、戦国時代に根元を切って短刀に作り直したと推定される。銘はないが、表裏に腰樋と呼ばれる装飾の溝が彫られ、上位の武将が持つ品という。

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系図と義昭との関連

また、男性方には「足利昭王丸は河野通宣の孫である」との内容を記した系図も保管されていた。愛媛県の郷土誌などによれば、通宣の娘・章子が義昭の側室になり、備後国で昭王丸という子を産んだという。

義昭は織田信長に京を追われた後、鞆の浦周辺に11年間滞在した。調査した同館の檀上浩二学芸員は「短刀が作られた時期と一致する。義昭が側室の子に与えた守り刀だった可能性もある」と推測した。

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