昨年6月に93歳で死去した福山市の彫刻家松岡高則さんのアトリエが26日、1日限定で初めて一般公開される。生前に「死んだら喫茶店を開いて」と語っていた松岡さん。創作に打ち込んだアトリエを、地域の人たちの交流の場として開放し、作品を身近に感じてほしいという夢を、没後1年を機に遺族がかなえる。
アトリエの内部
自宅に隣接するアトリエに入ると、積み上げられた巨大な丸太が目に飛び込んでくる。香りが良く、彫りやすいと松岡さんが愛用したクスノキだ。天井付近には上げ下ろし用のクレーンがあり、「安全第一」の文字が掲げられている。その下の扉の奥に、松岡さんの作業場が広がる。
「90歳を過ぎた頃から『100歳までやる』が口癖で、亡くなる前年の暮れまでアトリエに通っていた」。同居していた長男の妻、千賀子さん(66)はそう言って義父の姿を懐かしむ。
松岡さんの経歴
福山市生まれの松岡さんは、地元の中学校を出てすぐ、げた職人となった。彫刻が得意だった父の影響で、16歳の頃から動物の人形を彫るように。独学で始めたが、同郷の彫刻家に師事し、1972年に念願の日展に初入選。91年には日展審査員となり、2017年に日展特別会員となった。
アトリエには午前8時頃入り、昼食を挟み午後5時過ぎまで籠もった。晩年は股関節のリンパの腫れに悩まされたが、施設にいる愛妻への週2回の面会ができないからと、入院治療を先延ばしにしていたという。
「体がだるい」と訴え、午前中で作業を終える日が増えていった。そして「いいものができん」とだけ言い、70年以上握り続けたノミを置いた。昨年5月に入院し、翌月2日に息を引き取った。死因は悪性リンパ腫だった。
未発表作品と公開の経緯
主なきアトリエには、未発表の作品が残された。孫の井川智里さん(32)は「日展や日彫展(日本彫刻会展覧会)に向け、早め早めに出品作を作っており、それらが完成したまま置かれていた。一部には、祖父が作品名を手書きした紙も残されていたので、展示に備えていたみたい」と語る。
葬儀を終え、井川さんは叔母から松岡さんが望んだ「喫茶店」の実現を提案された。「作品は見てもらうことで、本当の完成になる」と思い、没後1年に合わせて展示することに。アトリエ公開も決めた。
松岡さんの作品は、市役所やふくやま芸術文化ホール、JR松永駅前など市内各地に置かれている。井川さんは「祖父の作品と気付かないまま、目にしている人も多いと思う。アトリエを見学した後だと違って見えるのでは」と話す。
公開は午前10時~午後5時。入場無料。問い合わせはメール(takanori.atorie@gmail.com)で。



