親子記者、爆心地の碑に黙とう 原爆犠牲者の多さに消沈
親子記者、爆心地の碑に黙とう 原爆犠牲者の多さに消沈

湯沢市の鈴木アヒナ・エマさん(10)と母親の麻由さん(38)は8月8日、原爆資料館を後にし、長崎の街を歩いた。エマさんの目に留まったのは、長崎市松山町にある母子の像だ。土台部分には「1945 8・9 11・02」と記され、エマさんはすぐに原爆に関する像だと気づいた。

爆心地公園で黙とう

この像がある爆心地公園の上空約500メートルで原爆がさく裂した。園内には倒壊した家屋のレンガや溶けたガラスが埋没したままの地層、被爆後に移築された浦上天主堂の崩れた堂壁を見学できる。

原爆がさく裂した地点にある原爆落下中心地碑では、多くの人が献花し、手を合わせていた。「ママ、もっと近くに行っていい?」とエマさんは突然、麻由さんに声をかけ、碑に近づいた。自らの背丈より高い碑を見上げ、少女は一人で手を合わせて黙とうした。

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20万1942人という現実

碑の前にある「原爆殉難者名奉安箱」には原爆で亡くなった人の名簿が収められている。遺族の申し出や調査に基づき、毎年8月9日を前に奉安され、昨年初めて20万人を超えた。

「一、十、百、千、万……20万1942人」。エマさんは、昨年8月9日時点で箱の側面に記載されている人数を読み上げ、「すごく多いね。どれだけいるのかよく分からない」と話した。ノートには「これぐらいの人が死んでしまったのです……」とつづった。

平和祈念式典に参列

8月9日、親子は平和祈念式典に参列した。午前11時2分、81年前に原爆がさく裂した長崎の空の下で黙とうをささげた。

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