大阪府和泉市の井上倫子さん(79)は、夫・光さん(83)の父親で、南太平洋で亡くなった喜右衛門さんと残された家族の体験を紙芝居にして戦争の悲惨さを伝えている。義父は、生後間もない光さんを残して戦地に赴き、帰って来なかった。「戦争で多くの人が悲しみの涙を流したことを伝えたい」と思いを語る。
生後間もない息子を残し、戦地へ
7月中旬、和泉市の市民活動センターの一室に、紙芝居を読む倫子さんの声が響いた。「光ちゃん、たかいたかい!」戦地に向かう喜右衛門さんに、生まれたばかりの子どもの顔を少しでも見せてやろうと、家族が光さんを高く持ち上げるシーンだ。声を振り絞ってそう叫ぶと、行進の列にいた喜右衛門さんが一度だけ振り向いたという。
喜右衛門さんは1943年に召集され、45年にブーゲンビル島で帰らぬ人となった。光さんが最後に一緒に過ごしたのは、まだ生後半年にもならない頃で、記憶はまるで残っていない。周囲から「お父さんに似てきたね」と言われても、1枚だけ残る写真で姿を知っているだけで、実感を持つことはなかったという。
「夢に父親が出てきたが、顔はなかった」
倫子さんは光さんと結婚し、光さんの母親から義父が戦争で亡くなったと聞き、ずっと心に残っていた。光さんが「夢に父親が出てきたが、顔はなかった」とさみしそうに話すのを聞くと、胸が締め付けられるような思いがした。
数年前、玄関に掲げていた「遺族の家」の札を見た孫から「これって何?」と尋ねられ、「この子たちは戦争も、家族がどうやって亡くなったかも知らない。伝えないと記憶が残らない」との思いに駆られた。
紙芝居で伝える戦争の記憶
子どもたちにもわかりやすいよう紙芝居にすることに決め、光さんの母親から聞いた話などをもとに制作。喜右衛門さんが出征する際、光さんを高く持ち上げたシーンのほか、白い布に包まれた木箱となって帰ってきて、中には遺骨はなく石ころが二つ入っているだけだったこと、光さんの母親が「もしかしたら生きているのでは」と復員兵が戻る度、捜し続けたことなどを描いた。
紙芝居は2024年に完成し、孫たちに読んで聞かせたほか、追悼行事などでも披露。「孫たちも少しずつ理解してくれて、戦争の怖さを感じてくれていると思う」と倫子さんは話す。今後も紙芝居を披露していくといい、「戦争の傷痕は深く残っている。知っている人が伝えていかなければいけない」とする。
ブーゲンビル島への思い
光さんは数年前、ブーゲンビル島を訪れた。飛行機の窓から島影が見えると「お父さん、光がきましたよ」と手を合わせたという。「若い人でも、家族や親戚など誰かが傷ついていて、戦争に関係のない人なんていない。紙芝居が、戦争について家族で話すきっかけになれば」と願っている。



