沖縄県で昨年、陸上自衛隊第15旅団傘下の第101不発弾処理隊(那覇市)の隊員4人がやけどなどを負った不発弾処理中の破裂事故を受け、同隊が処理方法の見直しを進めている。全国で突出して処分が多い同隊に弾の構造を確認できるX線機材を導入したり、米軍基地内での爆破処分回数を増やしたりして危険性を減らす措置を講じている。
事故の経緯と見直しのきっかけ
見直しのきっかけとなった事故は昨年6月9日午前11時20分頃、沖縄県読谷村の米軍弾薬庫地区での再識別中に起きた。陸自の事故調査結果によると、隊員らがハンマーなどを使って不発弾にこびりついたさびを落としていたところ、信管に衝撃が伝わって破裂。4人が搬送され、うち1人は腕にやけどを負って入院した。
約半世紀前に発足して以降、4万回以上出動してきた同隊だが、処理中に事故が発生したのは初めてだった。防衛省は昨年7月、信管に衝撃が加わる行為や工具の使用を禁止し、信管の有無の判別が困難な場合は爆破処分に回すよう通知した。
X線機材導入と処分回数の増加
運用見直しに伴い、15旅団は危険な確認業務を極力回避するため米軍側と交渉し、それまで6月と12月に行っていた年2回の処分回数を、9月も加えた年3回に増やした。また、県外の他部隊が海外派遣時に取り扱う弾薬の点検などで使用していた携帯型のX線機材を借り、処理隊に導入した。
9月17日には、同隊員5人が読谷村の米軍弾薬庫地区で再識別の作業を行い、約7000個の黄リン弾や小銃弾を一つずつ手に取り、ブラシで土やサビを落としながら信管の有無などを目視で見極めていた。外見で判別がつきにくい不発弾はX線を照射し、パソコンに表示された弾の内部を映し出す画像も確認した。
八岡将光2等陸尉(49)は「沖縄戦時の不発弾は劣化が激しく、信管の有無の判別が極めて難しい。X線機材の導入で判別の精度が高まったが、気の緩みや思い込みは事故につながる。最悪の事態を想定して作業にあたっている」と気を引き締める。
今後の取り組みと隊の現状
防衛省は来年度以降、X線機器の処理隊への正式配備に向け、関連機材を購入する方向で調整している。19日に始まる日米共同統合演習「キーン・ソード27」では、運用改善後の手順を確認する訓練を行うという。
沖縄では、市街地で不発弾を処分することも少なくなく、隊員らは常に危険と隣り合わせだ。処理隊の隊長を務める横浜健志2等陸佐(46)は、「不発弾処理にかかる計画の作成から実行に至るまで、安全最優先で指導している。一定の改善措置は講じたが、より安全に処理できる方法を考え続ける必要がある」としている。
第101不発弾処理隊は、沖縄が本土復帰した2年後の1974年3月、那覇市の幼稚園近くの工事現場で不発弾が爆発し、3歳の女児ら4人が死亡した事故を受け、同6月に全国初の不発弾処理に特化した部隊として誕生した。昨年度は、1日換算で55発以上となる計約2万100発(約11・5トン)を処理した。
沖縄県内の不発弾等の処理件数と推定残量について、81年前の地上戦で約20万トンの弾薬が使用されたとされる。戦後、米軍などが約5500トン、本土復帰後は陸自や海自が計約2150トンを処理したが、今なお約1800トンが残っていると推計されている。
不発弾は、農作業中や工事前の磁気探査で見つかるケースが多い。処分の実動部隊となる第101不発弾処理隊には常時3人以上が待機し、住民から不発弾発見の通報を受けた県警の出動要請を受け、現場に急行。昨年度の出動は466件に上った。
現場では信管の有無を見極め、爆発の危険性が高い場合、土のうを積んで爆破、処理壕内で信管を離脱、カプセル型の耐爆容器内で信管を破壊などの方法で処分する。爆発の危険性が低い場合は現場から読谷村内の弾薬庫地区に持ち込み、再識別で爆発物や薬物を含んでいる可能性があれば米軍基地内で爆破処分し、危険性がないことが確認されれば民間業者に処分を委託する。