「忠臣蔵」として知られる元禄赤穂事件のひとこま「赤穂城請取(うけとり)」の行列を描いた絵画が新たに見つかった。明け渡しとなる赤穂城へ向かった龍野藩の約4500人の行列のうち、一家臣の集団だけを抜き出して描いたもので、この一団を率いた家臣が事件後間もない時期に製作したとみられる。兵庫県のたつの市立龍野歴史文化資料館で24日から公開される。
発見された行列図の内容
今回見つかった「赤穂城請取行列図」は、鉄砲頭(てっぽうがしら)の松原藤右衛門という家臣が率いた一団を描いたもの。2点で構成され、1点目(縦26.5センチ×横113.5センチ)には「松原藤右衛門」の名が記され、鉄砲隊をはじめ長持ちや雨具を担ぐなどした23人が、2点目(縦26センチ×横89センチ)には黒い馬に乗った松原とみられる人物など21人の行列がそれぞれ描かれている。
製作経緯と公開情報
元禄赤穂事件では、江戸城内で刃傷事件を起こした赤穂藩主・浅野家の改易が決まり、龍野藩などが幕府から赤穂城明け渡しの任務を受けた。その際、4545人の軍勢を率いて赤穂城へ向かう様子を龍野藩が藩絵師に描かせた「赤穂城請取脇坂淡路守(あわじのかみ)行列図」は全9巻の巻子(かんす)に仕立てられ、現在は赤穂市の大石神社が所蔵。これを含め、赤穂城請取の行列図はこれまでに計3件が確認されていた。
赤穂城請取脇坂淡路守行列図をベースにして、松原が藩絵師に描かせたとみられる。新宮義哲館長が、龍野城下町にある旧藩士宅で調査していた際に額装されていたこの行列図を発見。今年5月、所有者から同館に寄贈された。
新宮館長は「当時から世の中の関心を集めていた元禄赤穂事件の一端に関わったことは、松原にとっても大きな誇りだったはず。家の記録として残したかったのだろう」と話している。