太平洋戦争中に三重県尾鷲市の尾鷲湾に配備された旧海軍の熊野灘部隊を慰霊するため、市民9人が2026年7月28日、海岸に集まり、線香や花を手向けて黙とうした。
空襲から81年、慰霊の会
空襲は1945年7月28日、終戦間際に米軍機などによる攻撃で147人が犠牲となった。住民らは遺体を山中に運んで火葬したり、けが人の救助に奔走したりしたという。
毎年この日に慰霊の会を行っており、呼びかけ人の松井まつみさん(86)は「犠牲となった人たちが願った平和について、私たちも考え、願い続けないといけない」と話した。市内の金剛寺でも法要が営まれた。



