ロッキード事件50年 極秘資料託されたルポライター 墓前で「約束果たせた」と吉永元検事総長に報告
ロッキード事件50年 極秘資料託されたルポライター 墓前で約束果たせた

6月23日、静岡県富士宮市の墓地で、ルポライターの小俣一平さん(74)がひとつの墓の前に立ち、手を合わせた。「約束を私なりに果たせたと思います」と語りかけた。

墓の主は、ロッキード事件の主任検事を務め、後に検事総長となった吉永祐介さん。2013年に81歳で亡くなった。この日は命日だった。

小俣さんと吉永さんの「約束」とは、ロッキード事件の継承だった。小俣さんは吉永さんから捜査資料を託され、その事実を今回、朝日新聞の取材に明らかにした。

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ロッキード事件とは

ロッキード事件は、米航空機メーカーから日本の政界に多額の資金が流れ込んだ「戦後最大の疑獄」と言われる事件だ。田中角栄元首相が逮捕・起訴された。首相在任中の現金授受で政治家が立件された類例のない事件として知られる。

田中元首相は上告中の1993年に死亡。多くの被告の刑事裁判も全て終わってから約10年が経過していた。

検事と記者の40年にわたる交流

20歳ほど離れた2人の出会いは1984年にさかのぼる。吉永さんが東京地検次席検事、小俣さんがNHKの司法担当記者だった時だ。その後、お互いの異動や吉永さんの1996年の退官後も交流は続いた。

弁護士になった吉永さんは2004年4月に瑞宝大綬章を受章。その頃から、小俣さんに「もうロッキード事件を覚えている人はいないだろうなあ」と口癖のように言うようになった。

吉永さんはロッキード事件に強い思いを持ち、「証拠さえあれば最高権力者であっても摘発する。それが検察の本来の使命」と語っていたという。

託された極秘資料

「歴史だから忘れられることはありませんよ」と返していた小俣さんはある時、吉永さんに「私が捜査のドキュメンタリーを書いて未来に残しましょうか」と提案。吉永さんは「それなら資料を読んで勉強しないとなあ。役に立つなら資料は持って行っていいから」と応じた。事務所の倉庫には膨大な捜査資料が積まれていた。

小俣さんにはロッキード事件捜査の直接の取材経験はなかったが、事務所に通い、資料を読み込む日々が始まった。多くは裁判資料だったが、中には「極秘」の印が付いた7枚の未公表の資料も含まれていた。

事件から50年。小俣さんは墓前で、吉永さんとの約束を果たしたことを報告した。

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