終戦後の混乱で樺太(サハリン)に残留した日本人の一人で、残留邦人の帰国に尽力した植松キクエさんが12日、札幌市内の自宅で亡くなった。102歳だった。
名寄市出身、幼少期に樺太へ移住
植松さんは名寄市出身。幼少期に一家で樺太に移住し、朝鮮半島出身の夫と結婚した。終戦後は、朝鮮半島出身者の日本本土への引き揚げが認められなかったことなどから、サハリンに残留した。
残留邦人の帰国に奔走
残留邦人らでつくる「サハリン日本人会(北海道人会)」の副会長として、残留邦人の名簿作りなど、一時帰国、永住帰国実現のための対応に奔走し、自身も2010年に永住帰国を果たした。
さらに、残留邦人らの支援に取り組むNPO法人「日本サハリン協会」(東京)に対し、残留邦人の共同墓所設置を要望。札幌市に16年、帰国した日本人らの共同墓所が作られた。
関係者の惜しむ声
同協会の斎藤弘美会長(69)は「いつもしゃきっとしていて、細身ながら迫力があり、笑顔のかわいらしい方だった。墓所落成式で残留邦人の代表としてお礼の言葉を述べてくれた姿が忘れられない」と惜しんだ。
葬儀は14日、家族と知人で行い、共同墓所に納骨される予定。



