戦後、「君の名は」の真知子巻きで一世を風靡した映画スターで、90歳を超えた近年まで活躍した俳優・文筆家の岸恵子さんが7日、93歳で亡くなった。知性と行動力、豊かな感性を兼ね備えた表現者の悲報に、親しい人々の間で悲しみが広がった。
「負けて勝ちを取る技を拾った」
「私は人生の勝ち組でない。負けて勝ちを取る技を拾った」。2020年のトークショーのチラシに寄せた一文だ。事前の取材会に来た岸さんはハイヒールを履き、背筋を伸ばしてエレガントな姿を見せた。そう書いた理由を聞くと、1950年代にイブ・シァンピ監督と結婚してパリに移住してからの心境を明かした。「島国の女は国境を攻め合ってしたたかに生きた人の中では負ける。私は何年も何年も負けて学び取ってきた。試練に堪えた分だけ強い女になれたのではないかしら」と語った。
横浜大空襲が原点、12歳で決意
原点は12歳で経験した横浜大空襲。大人に防空壕に放り込まれたが、「死ぬ」と直感して脱出した。生き残って決意したのは「今日で子供はやめよう」。以来、誰とも違う人生を歩んだ。
「君の名は」の人気に安住せず、「作品を選ぶ自由が欲しい」と54年に同世代の俳優と映画制作会社を設立した。57年に日本人の海外渡航が自由にできなかった時代に国際結婚してパリに。夫の邸宅でサルトルやボーボワールら知識人と交流したり、詩人のコクトーが演出した舞台作品に出演したりして視野を広げた。
80年代からジャーナリストとしても活動
80年代からは過酷な取材もいとわずジャーナリストとして活動。イスラエルで過激派に襲われたこともあった。大物政治家や歌手にフランス語でインタビューをした。
「うまい女優より、いい女優でありたい」がモットー。佐田啓二、鶴田浩二、池辺良、萩原健一ら時代を代表する俳優と共演。年を重ねるごとに味わいを増した。「約束」では仮出所中の女囚役で列車に乗り合わせた若者と恋に落ちる役を演じ、「細雪」では旧家の四人姉妹の長女を演じた。古希の前に主演した「かあちゃん」では貧乏長屋の母親役で人間的な魅力を全開にした。
最後に姿を見たのは90歳だった22年のトークショー。ロシアのウクライナ侵略に憤り、世界を鋭く見続けていることをうかがわせ、「私は今を一生懸命生きている。そうすればいい明日が来ていい一生が終われる」と結んだ。「強い女」は全力で生き切った。(編集委員 祐成秀樹)



