終戦知っても戦い続けた残留日本人 マレーシアで45年
終戦知っても戦い続けた残留日本人 マレーシアで45年

1945年8月15日の敗戦後も、タイ・マレーシア国境でゲリラ組織に加わり、約45年間戦い続けた日本人がいた。熊本県出身の田中清明(当時77)と神奈川県出身の橋本恵之(当時71)の2人だ。彼らは終戦を知りながらも、マラヤの独立を目指して戦い続けた。

終戦を知りながら戦い続けた理由

1989年4月、タイから「タイ・マレーシア国境に旧日本兵2人がゲリラ組織のマラヤ共産党(CPM)に加わり生存している」との情報が伝えられた。この情報は、1987年4月にタイ軍に投降したCPMの元書記、チャン・チュン・ミン氏(当時62)が語ったものだ。

2人は1990年1月に帰国し、バンコクで記者会見した。ゲリラに参加した理由を問われ、「日本が第二次世界大戦中に踏みにじったマラヤが植民地として英国に返還されるのがどうしても許せなかった」と答えた。

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ジャングルでの生活と帰国

2人はジャングルでゾウやトラ、ネズミも食べながら生活していた。ゲリラ戦は過酷で、「ネズミも食べましたよ」と語っている。それでも、日本のニュースやドラマ「おしん」などがジャングルに届いていたという。

1989年5月には、田中の従兄弟と橋本の弟がCPMの支配区で2人に面会した。2人はゲリラの戦闘服のままで涙ぐみ、再会を喜び合った。田中は敗戦時に既婚者で、従兄弟が持参したビデオテープで51歳になった長女の成長を喜び、妻に「会える時まで待っていて」と頭を下げた。

2人は「自分自身の戦争」を戦い抜いた男たちとして、その存在が記録されている。

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