戦時中、金属回収の影響で鉄からコンクリートに姿を変えた「国策ポスト」が岐阜県輪之内町に現存し、町は戦争の悲惨さを伝える平和学習の教材として活用している。このポストは現在も現役で、町おこしにも一役買っている。
コンクリート製ポストの歴史
丸型郵便ポストの撮影を続ける写真家の庄司巧さん(名古屋市)によると、国策ポストの歴史は日中戦争が始まった翌年の1938年頃にさかのぼる。武器製造のために鉄の需要が増えたことから、鉄製からコンクリート製や陶製に切り替えられた。全国でも10基ほどしか確認されていない。
輪之内町に残る国策ポストは、同町海松新田の乙姫公園にある。高さ約1.3メートル、直径約40センチの円筒形で、「〒郵便」のマークも付いている。かつて町民が保管していたポストを町が譲り受けて設置したもので、「ひび割れや黒ずみはあるが、80年以上前に造られたものとは思えないほど非常にいい状態」(庄司さん)だという。
現役ポストとして町おこしに活用
同町の国策ポストは“現役”だ。町が2017年から、地元に伝わる民話にちなんで「乙姫ポスト」と命名。「乙姫さん」宛てに手紙を投函すると、町のホームページ上に返事が公開される町おこしとして活用する。
庄司さんが2024年、フリーペーパーで乙姫ポストが紹介されている記事を見て、国策ポストだと気づき、町に連絡。町企画財政商工課の三宅司佳子さんは「貴重な戦争遺構だ」と動きだし、町内3小学校に出かけ、国策ポストを教材とした平和学習を実施。さらに、庄司さんの橋渡しで、愛知県で国策ポストが現存する御油小(愛知県豊川市)の児童とも交流した。三宅さんは「戦争の悲惨さや平和の大切さを伝える身近で最適な教材。これからも平和学習を続けたい」と語る。
今後の取り組み
町商工会では、国策ポストだと分かるように看板を設置することも検討している。庄司さんは「戦時中、このポストから手紙を投函した人の思いを想像してほしい。二度と(ポストの)鉄が武器や弾丸に変わることのない、平和な世の中を望みたい」と当時に思いをはせながら空を見上げた。



