太陽の光にさらされると重度の日焼けや神経症状が表れる国の指定難病「色素性乾皮症」を患う5歳の男の子が浜松市にいる。サーフィン好きの一家の末っ子として生まれた新貝海陽ちゃんは、家族と共に闘病生活を送りながら治療法が確立されるのを待っている。
家族と過ごす特別な日常
5月中旬、日光が降り注ぐ中田島海岸(浜松市中央区)で、防護帽をかぶった海陽ちゃんが友達や母・真夕さん(38)と水遊びをしていた。少し離れた場所では姉(10)や兄(8)が父・篤司さん(43)とサーフボード片手に波に向かう。砂浜には家族の笑顔が輝いていた。そんなありふれた日常も海陽ちゃんには特別な時間だ。真夕さんは「いつまでもこうして遊んでいたい」と願った。
海陽ちゃんは2020年11月、浜松市の病院で生まれた。サーフィンが共通の趣味の真夕さんと篤司さん。兄と姉の名前から一文字ずつ取り、「海を照らす太陽のように輝く人になってほしい」と願いを込めて「海陽」と命名した。姉や兄に囲まれ、その笑顔が新貝家を照らした。
異変と診断、そして覚悟
真夕さんが異変を感じたのは3か月後。近所の公園で散歩した翌日、海陽ちゃんの皮膚が真っ赤に腫れた。自宅近くの病院に駆け込んだが原因を特定できなかった。
「乳児」「日焼け」「アレルギー」――。皮膚に表れる症状についてインターネットで何度も調べたが、浮かび上がるのはいつも同じ病名。「長く生きられない」「外に出て遊べない」など画面に並ぶ情報に不安をかき立てられ、大粒の涙が頬を伝った。
ある日、真夕さんが海陽ちゃんとベッドで昼寝していると、姉と兄が駆け寄り、「僕たちが守るよ」と声をかけてきた。2人の温かい言葉に背中を押され、「こんなところで泣いている場合じゃない。海陽を治そう」と覚悟を決めた。
地元の浜松医科大で紹介された大阪医科薬科大の診察室で告げられた病名は、何度も目にしていた「色素性乾皮症」。悪い予感が的中した――。「どうして治療法がないのか」「どうしたら病気の進行を遅らせられるのか」。平静を保ちながら矢継ぎ早に医師に質問した。
自宅に戻ると、家の窓ガラスを全て紫外線を遮断できるようにした。外出時には手作りの防護帽だけではなく手袋もつけ、服を何枚も重ねて着させた。紫外線の量を測る機器も欠かさず持ち歩く。
未来への願いと発信
真夕さんは、散歩も水泳も楽しむ海陽ちゃんの姿に「こんなに元気だから何とかなるかもしれない」と期待を寄せるが、「早く治療方法を見つけないと」と焦りも募る。「誰かが見てくれて、研究が進むかもしれない」と動画投稿サイト「ユーチューブ」やインスタグラム、講演活動で海陽ちゃんの日常を発信し続けている。
色素性乾皮症は6歳頃から神経症状が出始めるとされる。海陽ちゃんは昨年11月、5歳の誕生日を迎えた。真夕さんは我が子の成長に目を細めながら、止めることのできない時の流れの中で「海陽は今、生きている。20年、30年後も生きていてほしい。海陽の未来を変えたい」と複雑な思いをのぞかせる。
病気の概要と今後の見通し
色素性乾皮症は、日光にさらされた皮膚が乾燥して「しみ」ができ、皮膚がんになる確率が高くなる遺伝性疾患。日光に当たると非常に激しい日焼けの症状が表れ、半数以上の患者で歩行困難や言語障害などの神経症状が出る。神経症状は6歳頃から出始めることが多い。患者は国内に数百人いるとされる。
11月に6歳となる海陽ちゃんとその闘病生活を支える家族、治療法の開発に挑む研究者の「今」を紹介する。



