遺骨収集、ガマへ潜り続ける 白梅之塔の壕で50年、3500柱以上
遺骨収集、ガマへ潜り続ける 白梅之塔の壕で50年、3500柱以上

カツン、カツン―。真っ暗な洞窟に岩をたたくツルハシの規則的な音が響く。体にまとわりつく湿気、鼻をつくカビくささ。時折、コウモリが頭をかすめて飛んでいく。先の戦争で住民を巻き込む国内最大の地上戦が繰り広げられた沖縄県の糸満市。野戦病院だった自然の洞窟「白梅之塔(しらうめのとう)の壕(ごう)」では多くの人が犠牲になった。負傷者を看病していたのは女学生で作る白梅学徒隊だった。

50年以上続く手弁当の遺骨収集

「この壕は特に(攻撃による)落盤がひどく岩の下に骨が埋もれている。ほら、見て」。国吉勇さん(76)=那覇市=が差し出したのは長さ6センチほどの人骨。沖縄では終戦から70年が過ぎても手つかずの遺骨が少なくない。国吉さんは50年以上にわたり、沖縄方言で「ガマ」と呼ばれる洞窟に手弁当で通い遺骨を収集している。ガマ数百カ所で掘り出した数は「3500柱を下らない」(国吉さん)という。20万点以上の遺留品も一緒に掘り出した。

未収骨は3000柱余り、ボランティアが大部分を担う

沖縄戦では住民と日米両軍合わせて20万人以上が戦死したとされ、多くの日本人がガマの中で息絶えた。県の統計では今も3000柱余りが未収骨。国や県も遺骨を収集しているが、国吉さんのようなボランティアが大部分を担っている。

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手榴(しゆりゆう)弾や軍刀、水筒に薬の瓶…。国吉さん宅の「戦争資料館」には壕内部で見つかった20万点以上の遺留品が展示されている=那覇市

収集した遺骨は情報センターへ、遺留品は遺族に返却

国吉さんらが収集した遺骨は、糸満市の「戦没者遺骨収集情報センター」に収められ、遺留品は可能な限り遺族に返却される。持ち主が分からない物は発見場所と日付を記し、国吉さんの私的な資料館などに保管されている。「暗い所にほったらかしではかわいそう。ひとりでも多く太陽の下に戻してあげたい」と国吉さん。ツルハシを手にガマに潜る日々は続く。

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