広島が81回目の原爆忌を迎えた6日、被爆2世の上野敦子さん(67)が山口市阿知須の児童クラブで、広島で被爆した両親の体験を紙芝居などを使って伝えた。2008年から続ける継承活動だ。
両親の体験を語り継ぐ
児童約50人が集まった「おひさまクラブ3」で、上野さんは、頑固で寡黙だった父・格さん(95)が、酒を酌み交わした際に重い口を開いた話を紹介した。
「一瞬の出来事で世界が変わった。父は『なんじゃこれは』と言いながら、横たわる死体の間を歩いた」。父は当時、広島駅近くの建物内にいて、幸い命は救われた。だが、「90歳になっても当時のショックがよみがえるようで、平和公園には行きたがらなかった」と明かした。
活動のきっかけと母の遺品
上野さんは広島市出身で、結婚をきっかけに34歳で山口市に移住。「山口市では8月6日が登校日でないことに驚いた」というのが、活動を始めたきっかけだった。入市被爆の母・寿美子さんを招いたり、紙芝居を用いたりして、毎年必ず8月6日前後に平和を考える場を作ってきた。
その母は2年前に他界。遺品整理をしていると、母が毎年、小学校で体験を語っていたことを知った。手作りの防災ずきんや数々の原稿も見つかった。それが2世として語り継ぐ責任感や原動力になっている。
子どもたちと平和を考える
「子どもたちと平和について考えることが今、生きがいになっている。これからも自分に何ができるのか。子どもたちと一緒に考えていきたい」と話した。



