漫画原作者の武論尊さんが、ヒット作『ドーベルマン刑事』(画・平松伸二)の連載終了後、内戦状態にあったカンボジアを訪れていたことが、インタビューで明らかになった。武論尊さんは当時を振り返り、「ぽこっと時間が空いた」と話し、気分転換と社会への関心を取り戻すために旅に出たという。
連載終了後のカンボジア旅行
『ドーベルマン刑事』の後、武論尊さんは時間ができ、カンボジア行きを決めた。周囲からは売れていないから旅行に行くのだと思われたかもしれないが、実際には『ファントム無頼』(画・新谷かおる)というヒット作があり、仕事には困っていなかったという。それでも、ドーベルマン刑事を執筆していた頃は新聞を丹念に読んでいたが、連載終了後にニュースから離れてしまい、「このままじゃまずい」と感じたという。
そんな中、新聞でアンコールワットを見に行くツアーの広告を見つけた。カンボジアでは1979年1月にベトナム軍が首都プノンペンを制圧し、親ベトナム新政権が成立。独裁者のポル・ポトは逃亡し、3年以上続いた大虐殺が一応終結していた。ベトナム戦争以来、初めて西側メディアがカンボジアに入るという小さな記事もあり、一般人も連れて行くという内容だった。
文化使節団としての参加
説明会では「観光では入れませんので、慰問団として行きます」と言われ、ツアー料金のほかにカラーコピー機をプレゼントとして持参した。いわゆる文化使節団のような形で参加したという。武論尊さんは「遺跡のアンコールワットも気になったし、ベトナム戦争以降の東南アジアの実情も見てみたい」という興味から応募した。
ツアーは約30人規模で、他の参加者は新聞記者や世界中を旅行し尽くした人、秘境マニアなど変わった人ばかりだった。当時はカンボジアと日本の国交がなく、飛行機の定期便はエールフランスしか飛んでいなかった。まずタイのバンコクに行き、ベトナムのホーチミンを経由して、旧ソ連の旅客機でカンボジアに入った。ベトナム国内線はすべて旧ソ連の飛行機で、「もう危ない飛行機ばかり」だったという。
厳しい検問と共産圏の印象
プノンペンに入り、そこからアンコールワットへ向かう国内線も旧ソ連製だった。初めて西側が入るため、国境の検問は非常に厳しく、「腕時計など飾り物は全部外せ、後で返すから」と言われた。武論尊さんは「向こうで売ったらダメだっていうことです。密輸的な形で捉えられてしまうんで」と説明し、「いわゆる華美なものっていうのはやっぱり許されないんですよ。西側の方が経済的に裕福だということも知らせたくなかったでしょうからね」と当時の共産圏の雰囲気を語った。



