若いころは家計に余裕がなく、私が家族の散髪を担っていた。皆どこか不格好で、子供たちは一直線の前髪を嫌い、4年生ころから床屋に通い始めた。
50年続けた夫の散髪
しかし、夫は50年、私の床屋に付き合ってくれた。30、40代のころは真っ黒でごわごわの太い髪だったが、50になると細く柔らかくなり、白いものも目立ってきた。60を過ぎると髪の量が減り、散髪時間も半減。70代になると頭頂部が薄くないかと気にしだしたが、まだ大丈夫、と答えておいた。
ふた月に一度の散髪とはいえ、これまで300回は重ねたろうか。どんな出来の時も夫は、「ああ、さっぱりした。ありがとう」と言ってくれた。
夫の死と遺髪
しかし、その言葉はもう聞けない。春を待てずに逝ってしまった。火葬の前夜、息子たちは夫の頰に触れ、しみじみとつぶやいた。「もったいないなあ」。父親の体がこの世から消えてしまうことへの無念であった。
ふと思い立った私は、夫の左耳の後ろの髪をひとつまみし、「ごめんね、少しちょうだいね」と言いつつはさみを入れた。今、白黒半々の数十本の遺髪は、和紙に包まれ、遺骨とともに花陰に置かれている。
桂晴子(76) 秋田市



