駅長かなわず戦死した父とレイテ島で亡くなった兄、85歳夫妻が初の追悼式参加へ
駅長かなわず戦死の父と兄、85歳夫妻が初の追悼式参加へ

終戦の日の15日に開かれる政府主催の全国戦没者追悼式に、戦争で父や兄を失ったいずれも85歳の夫妻が初めて参加する。「最初で最後かもしれない」という追悼式。若くして犠牲になった家族の無念に思いをはせながら、平和への祈りをささげる。

父は駅長になるはずだった

山口県岩国市の木村嘉子さんの父・清水巌さんは鉄道マンだった。三女の嘉子さんが生まれた1941年当時は広島県内の駅で助役を務め、一家で官舎で暮らしていた。

末っ子の嘉子さんをとにかくかわいがった。6歳上の姉の話では、父は仕事を終えて帰宅すると、寝ている嘉子さんに駆け寄って抱っこするのが常だった。冬には羽織った丹前で嘉子さんをくるむように抱き、「風邪引くなよ」と何度も語りかけていたという。

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出征、そして戦死

ある日、父は次の勤務地として故郷の岩国にある岩国駅への異動を内示された。「駅長になるんだ」とうれしそうに家族へ話していたが、ほどなく召集令状が届き、パプアニューギニアへ出征。そのまま帰ることなく44年9月に35歳で戦死した。

当時3歳だった嘉子さんに父とふれ合った記憶はない。子や孫に恵まれた我が身を重ね、「家族を残して出征した父は、さぞかし無念だったろう」と思いやる。

兄もレイテ島で

嘉子さんの兄もフィリピンのレイテ島で亡くなった。夫妻は今回、初めて追悼式に参列する。夫の正道さんも「最後の機会かもしれないから」と参加を決めたという。

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