八ヶ岳連峰・赤岳(2899メートル)を目指す登山客が利用する山小屋「赤岳鉱泉」の一角に、2021年7月に開所した赤岳鉱泉山岳診療所がある。八ヶ岳初の山岳診療所として誕生し、冬季も含めた通年での診療が特徴だ。7月4日には、市川智英さん(46)ら2人の医師が、手の指に植物のとげが刺さった男性患者を診察し、慎重に表皮を削って絆創膏を巻き、「1週間ほどは経過を観察してください」と声をかけて送り出した。
通年診療と有志による運営
山岳診療所は、医師ら医療従事者が登山者のけがや病気の応急処置、健康相談に応じる施設で、日本登山医学会によると全国26か所で開所している。多くは夏季限定の「夏山診療所」だが、赤岳鉱泉山岳診療所は冬季の入山者が多い八ヶ岳の特徴を反映し、通年で診療を行っている。
運営は、北アルプスなどに多い大学医学部主体ではなく、日本登山医学会認定の山岳医や山岳看護師の有志が担う。法人・団体会員は年5万円、個人会員は年1万円の会費を募り、診療は無料。ほとんどのスタッフはボランティアで、中心メンバーの市川医師も普段は松本協立病院(松本市)に勤務する循環器内科医で、休日を利用して週末や繁忙期に診療に当たる。
開設の経緯と実績
八ヶ岳連峰への登山者数はコロナ前は年間約8万人、コロナ後は約4万人。診療所がない時代は、凍傷などの応急処置を山小屋スタッフが担うこともあり、赤岳鉱泉の柳沢太貴支配人(38)は「楽しみの登山で次々に人が亡くなっていく状況を改善したい」と願っていた。元々、八ヶ岳では冬季に日本登山医学会の検定・講習会が開かれており、コロナ禍を機に交流を深めた医師らが柳沢さんの要請に応えて開所に至った。
昨年度は夏に延べ47人、冬に41人の患者を診療した。市川医師は「高山病や低体温症などは初期に適切な処置をすれば悪化を防ぐことができる。医師として冬の山岳医療の経験を積むことができ、山岳医療の発展にもつなげたい」と話し、「100年続けられるよう持続可能な診療所を探っていく」と未来を見据える。
上高地診療所の取り組み
年間160万人の観光客が訪れる上高地では、東京医科大の上高地診療所が1927年の開所以来、同大の医師や看護師らが交代で勤務し、登山客や観光客、従業員らを診療してきた。インバウンドの増加で来院者も増え、昨年度は452人の患者のうち66人が外国人だった。
こうした状況に対応するため、診療所は今年から32か国語を自動通訳できるタブレット型機器を導入し、医療通訳のコールセンターとも24時間つながるようにした。7月上旬に勤務した医師は「外国人の患者が必ずしも英語が通じるとは限らないため、様々な言語に対応できるのは安心だ」と話す。さらに医師向けの手引に外国人の保険加入状況に応じた会計方法や対応手順を明記するなど改善を進める。山田公人所長は「上高地で今後も役割を果たしていくためには、来訪者や社会環境の変化を踏まえ、時代に応じた初療体制を維持することが重要」と意義を強調した。



