文筆家・翻訳家の榎本空さんは、約20年ぶりに戻った故郷である沖縄県の伊江島で、言葉が持つ力とその危険性について自問を続けている。言葉は時に人の心に光を灯す一方で、暴力や差別に加担することもある。榎本さんは、忘れられた死者や周縁に追いやられた人々の声とどう向き合い、未来を開く言葉とは何かを模索している。
戦争の具体化と伊江島の現状
榎本さんは、現在の日本や世界について「戦争が具体的になってきた実感がある」と語る。政府は昨年、台湾有事を念頭に石垣島など先島諸島の住民避難計画を公表した。のどかに見える伊江島でも、西側地域を占める米軍基地から夜遅くまで軍用機の訓練音が響いている。太平洋戦争中、この島では住民の3分の1以上が犠牲となった。いまだ開いたままの傷痕を前に、戦争反対を叫ばなければならない焦りと憤りを覚えるという。
ウクライナやガザ、イランで進行中の暴力の連鎖は、伊江島の歴史と地続きに見えると榎本さんは指摘する。「爆弾の下からの風景」の連なりを想像したいと述べた。
為政者の言葉と命の序列化
榎本さんは、雑誌『群像』に寄せた文章で、為政者の言葉の感性を案じている。強い言葉、差別する言葉、他者を人間とみなさない言葉が語られ、拡散されていく怖さを感じるという。特に、イスラエルの国防相が2023年のガザ完全封鎖の際、イスラム組織ハマスを指して「ヒューマン・アニマルズ(動物のような人間)」との戦いだと発言したことを忘れられないと語る。また、今春には米国のトランプ大統領がイラン人を「動物」と呼び、橋や発電所を爆破しても戦争犯罪でないと発言した。榎本さんは「歴史上繰り返されてきた様々な暴力の根底には、言葉による命の序列化がある」と指摘する。
国内でも「日本人と日本人以外」という線引きで外国人排斥の動きが増幅しているが、そんな言葉が暴力を生み増幅させることを危惧している。
沖縄戦と土地闘争の調査
榎本さんは現在、沖縄戦と米軍統治下の1950年代の土地闘争について調査している。両親は本土出身で、1989年に伊江島へ移住。榎本さんは1歳から15歳までこの島で過ごした。家族がお世話になった阿波根昌鴻さんは、土地を接収された農民たちと非暴力の抵抗運動を展開し、「沖縄のガンジー」と呼ばれた人物だ。住民の多くはその後、基地を受け入れ、基地の話題はタブーになった。この歴史が、高校入学で島を離れてからもずっと心にあったという。
言葉の力と未来への展望
榎本さんは、遠回りでも腰を落ち着けて考え、想像し、書いていきたいと語る。空と海が織りなす色合いの微妙な移り変わりを日々感じながら、命の序列に抗う言葉の力を模索している。



