セイノーホールディングス社長の田口義隆氏は、奈良県吉野山で高低差1355メートルの山道を毎日48キロメートル、1000日間にわたり歩き通す「千日回峰行」に加え、「四無行」「八千枚大護摩供」という荒行を満行した慈眼寺住職の塩沼亮潤氏との出会いを振り返った。同世代の経営者らが集まる場で最初に阿闍梨さんの話を聞いたときには本当に驚いたという。
人間の可能性に勇気づけられた
田口氏は「とても人間業とは思えません」と述べつつ、「目の前の阿闍梨さんがそれを成し遂げたのだと考えれば、人間の可能性の豊かさに勇気づけられる思いがしたのも事実です」と語る。私たちはつい自分自身の能力を枠にはめ、限界を意識してしまいがちだが、実はもっとやれるんだよ、と背中を押してもらえた気がしたという。
「里に下りてからのほうが修行」
「生き仏」とも呼ばれる阿闍梨さんは、人当たりがよく誰とでもフラットに話をする。田口氏は「楽しい会話を続けるうちに気づきをもらうことも多々あります」と話し、よく口にするのが「里に下りてからのほうが修行ですよ」という言葉だと紹介する。山で修行を重ねていたときよりも、里で人間関係を含めさまざまな困難にぶつかったときのほうが人格を磨く機会になったという。
「日々仕事に向かっているみなさんも修行をしているということです」と言われれば、自分も頑張らなくちゃという気持ちにさせられると田口氏は語る。今では仙台・慈眼寺で開かれる護摩修法に参加するほか、折に触れ友人たちと阿闍梨さんを囲む食事会を開いたりする仲だという。
田口氏は「これからも仲間とともに、阿闍梨さんとの気づきの多い会話を楽しみたいと思っています」と結んでいる。なお、本稿は雑誌『プレジデント』(2025年1月31日号)の一部を再編集したものである。



