2020年9月16日、菅義偉氏は第99代内閣総理大臣に就任した。世襲議員でもなく、無派閥だった菅氏。作家・向谷匡史氏の著書『寝業師の仕事術』(清談社Publico)より、首相の座に上り詰めるまでの一部を紹介する(第2回)。
「安倍の次は岸田」が既定路線だった
2020年9月、安倍晋三首相が辞意を固めた。総理通算在職日数は3188日。歴代最長を記録し、「一強」と呼ばれた安倍内閣は、「森友・加計学園問題」や「桜を見る会」、さらに「新型コロナウイルス対応」の不手際が追い打ちをかけ、支持率は政権発足後、最低水準に落ち込んでいた。
加えて持病の潰瘍性大腸炎が悪化し、辞任はやむなしとされた。総理の“女房役”である官房長官の菅義偉氏も腹をくくった。
安倍氏は以前から周囲に「次は岸田さん」と語っていた。総理・総裁の座は自民党政調会長の岸田文雄氏に禅譲される見通しだった。安倍氏と岸田氏は派閥こそ違えど当選同期で、2人とも「三世議員」という毛並みのよさ。安倍氏は岸田氏の穏やかな性格と忠誠心に信頼を置いていた。
「叩き上げ」だから気付いた心変わり
菅氏は安倍政権の右腕として政権運営の中心的な役割を担ってきた。「陰の権力者」と評された菅氏に野心がなかったわけではあるまい。それでも「総理・総裁を目指さないのですか?」と問われるたびに、「考えたこともない」と否定してきた。
それは謙遜ではない。学閥も閨閥もなく、主要派閥の領袖でもない。政治家として遅咲きの「叩き上げ」にとって、総理・総裁の座は高嶺に咲く花だった。岸田氏と石破茂氏の一騎打ちとなれば、菅氏の出る幕はない。それが本人も含め、衆目の一致するところだった。
ところが、菅氏は安倍氏の岸田氏に対する心の揺らぎを嗅ぎ取る。岸田氏のおっとりとした性格もあるのだろうが、禅譲に甘えて権力への渇望も気迫も感じられない。対して、安倍氏と犬猿の仲である石破氏は4度目の挑戦に執念を燃やしていた。安倍氏には、ぬるいと感じた岸田氏で勝てるのかという懸念と疑心があった。
千載一遇のチャンス
安倍氏の禅譲の思いは急速に冷めていく。それに呼応するかのように、安倍氏が所属する最大派閥の細田派(のち安倍派)内からも、岸田氏の優柔不断な態度に不満が噴出した。
時間がない。ならば官房長官として政権を支えてきた自分が「安倍政治の継承」を掲げて出馬すればどうか。菅氏に勝機はある。千載一遇のチャンスであり、「叩き上げ」にとって乾坤一擲の大勝負だった。



