陸上自衛隊では近年、レンジャー訓練中に死亡事故が相次いで発生している。2025年3月には長野県松本市の松本駐屯地で訓練中に隊員が死亡する事故が起きた。遺族は国に対し総額約1億3700万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提起し、2026年6月24日に第1回口頭弁論が開かれた。軍事ジャーナリストの清谷信一氏は、防衛省と陸自の対応を「非情」と批判し、安全軽視と組織疲労が背景にあると指摘する。
事故の経緯と遺族の訴え
事故は2025年3月13日、松本駐屯地内の訓練場で発生した。夜間にヘリコプターからロープを使って降下する「空路潜入」訓練中、高さ約15メートルの訓練塔最上部にいた隊員が携行していた5.56ミリ機関銃MINIMI(重さ約7キログラム)をスリング(負いひも)から脱落させた。地上で安全係を務めていた当時2等陸曹の左胸に銃口部分が当たり、男性は搬送先の病院で死亡した。
遺族は当初訴訟を起こす気はなかったが、防衛省と陸自の対応に憤慨して態度を変えた。事故直後は加害隊員らに寛大な処分でよいと考えていたが、機関銃を落下させた隊員を停職1日、訓練の指導や計画に関わった2等陸尉2人を減給15分の1(1カ月)、訓練計画を指導する立場だった佐官を戒告とする軽すぎる懲戒処分に不満が生じた。また、事故から1年3カ月以上経過した現在も、遺族補償年金や子どもの奨学援助金が支給されていないという。
蔓延する事なかれ主義と組織疲労
清谷氏は、遺族に真摯に謝罪し、関係者を適切に処罰し、再発防止策を講じて遺族に説明していれば訴訟は防げたと指摘する。「死んだ隊員は無価値、遺族はクレーマーという態度で、命を懸けて任務を遂行したいと思う隊員がいるだろうか」と述べ、隊員の士気低下や募集難を懸念している。
陸自のレンジャー訓練は、少人数で敵の支配地域に潜入し、偵察や破壊工作などの任務を遂行できる高度な技能と強靭な体力・精神力を持つ隊員を育成する目的で、約12~14週間にわたって実施される。しかし、清谷氏は訓練の意義そのものを見直すべきだと主張する。現場では「事なかれ主義」が蔓延し、実践的な訓練よりも自衛隊OBの既得権益が優先されているという。
個人装備の近代化の遅れと酷暑対策の欠如
清谷氏は、陸自が個人装備の近代化を疎かにしてきたことも問題視する。例えば、銃のスリングなど基本的な装備の改善が進まず、事故の一因になった可能性がある。また、酷暑が進む中でも訓練での熱中症対策が不十分で、安全面でのアップデートがされていない「常識」がまかり通っていると批判する。
防衛省と陸自は「安全への対処は万全だ」とし、レンジャー訓練を再開しているが、清谷氏は「本当に問題はないのか」と疑問を呈する。遺族訴訟は、組織の安全軽視と疲労の実態を浮き彫りにしており、今後の陸自の訓練体系や安全対策の見直しが求められる。



